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大樹
桜の下には死体が埋まっているなんて言い出したのは、何処の何奴だっただろうか?
……まあ、実際、この山桜の下には死体が埋まっているわけだが。
ああ! 今年も妖怪どもの宴会が騒がしいな。毎年毎年飽きもせず、この山に住み着く狐狸は花盛りの桜の大樹の下で三日三晩ぶっ続けで花見の宴を張る。
その騒がしさは、俺が生きている時に花街で開いていた馬鹿騒ぎの比じゃない。
そこまでつらつら考えて、俺は昵懇に……いや、情人だった遊女を思い出した。
桜嵐。
俺の桜の華。
遊郭に通う金が尽き、このまま会えないならいっそ共に死んでくれと願った俺は、愚かだったのか? 俺は桜嵐と共に花街から逃げ、二人で入水しようとしたところを捕まった。
俺は殺され、事切れた俺の死体を男たちがこの山奥まで運び、山桜の木の下に埋めたのだ。
桜の樹は殺された俺の血肉を喰らい、枝を伸ばし、葉を茂らせる。俺の悔恨すら桜に吸われていく。
桜はさらに大きく、大きく、大きくなり、毎年、花を咲かせる。
それはそれは鮮麗に。
桜の花が咲き、妖怪どもの宴が開かれるたびに、俺は桜嵐を思い出す。
春の日差しをいっぱいに受けた桜のように魅惑的だった女は、あの後どうなったのだろうか? お大尽に身請けされ、豪華な屋敷で桜の花を眺めているんだろうか?
それとも、年季が明けるまで働き堅気になって、それから夫と一緒にこじんまりした小間物屋でもやっているのか? 店のそばに桜の木でも植えて。俺のことなぞ忘れて。
どっちにしろ、放蕩しかしてこなかった俺と共にあるより、いい生き方をしてるだろう。
妖怪どものどんちゃん騒ぎを聞きつつ、俺は桜嵐に思いを馳せていた。
ああ、でももうあの秀美な顔も魅惑的な立ち姿もはっきりとは思い出せない。
ただ、この美しく咲く山桜だけが、俺に桜嵐を気配を感じさせる。
桜嵐、せめて幸せでいてくれ。
ああ、この桜の満開の様はまさにお前そのものだ。
俺のことなど忘れて咲き誇っているだろう、お前そのものだ。
だが、なぜ俺は桜嵐に未練を残しているのだろう? 生きていた頃の思いなんて、もうほとんど残っていないのに、こうして桜嵐を思い続けている。
ああ、俺が埋められているのはなぜこんな見事な桜の下なんだ? 桜でさえなかったら、この無様な情念などもうとうの昔に手放せたはずなのに。
だから、俺は……。
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