不思議なお食事処

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「お待たせしました」 とん、とひかりのまえにどんぶりを置いたのは、品の良い初老の男性だった。 割烹着姿で厨房から出てきたから、彼がつくっているのだろう。 「ごゆっくりどうぞ」 親子丼の卵は半熟で鶏肉は一口サイズ。玉ねぎは出汁でくたくたに煮込まれている。上には三つ葉が添えてあった。 ひかりは香の物が苦手で、三つ葉やみょうがは大人になった今は食べられるものの、出来れば避けたい。 「三つ葉、取りましょうかね」 「え?」 「苦手でしょう?」 「えっと、はい」 そんなに顔に出ていただろうか。 恥ずかしくて小さくなると、老人は肩を揺らして笑った。 「いいんですよ。それでは、ごゆっくり」 いただきます、と小声で言ってちょっと手も合わせる。 外食だとささやかな仕草になるが、家ではひとりでもしっかりと。 それがひかりの習慣だった。 スプーンですくって、口に放り込むと鶏肉からのじゅわっとした旨味がひかりを満たした。 玉ねぎを噛めば出汁の香りが鼻から抜け、卵はとろとろで米によく絡む。 親子丼専門店というだけある。 無心になって一息に食べ終えてしまった。
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