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花見
「じゃ、買い出しに行って来ます。19時に現地で」
私は、肩にバッグを掛けると、空のクーラーボックスをくくりつけたキャリーカートを手に職場を出る。
金曜の今日は、毎年恒例、職場のお花見。
と言っても、メジャーな公園ではなく、ここから電車で45分ほど郊外に出た自社工場の桜並木だ。
新人くんと2年目3年目の若手は、すでに30分ほど前に大きなブルーシートを持って場所取りに向かっている。
自社工場なので、一般客はなく、前日からの場所取りなどは必要ないが、それでも、見頃を迎えた週末の今日は、各部署が花見を計画しており、終業と同時に急いで場所取りに行くのが恒例となっている。
そして、これは、工場に行ったことのない新人を2〜3年目の若手が案内し、工場への経路や入り方などをレクチャーする目的も兼ねている。
花見をするとなると、通りに面したフェンス沿いの桜が真っ先に目につく。
樹齢も古く、大きく枝を広げており、もちろん綺麗だが、やはり場所的に人目が気になる。
狙い目は、工場奥の搬送通路傍の桜並木だ。
工場内はオートメーションで24時間稼働しているが、18時を過ぎると、配送トラックやフォークリフトは動かなくなる。
だから、桜の木の下草の辺りはもちろん、整備された石畳の上にまでレジャーシートを広げることが出来るのだ。
そして、入社5年目26歳の私、岩井 菜乃花は、買い出し係。
工場の最寄駅近くのスーパーで飲み物とつまみや軽食を買い、現地へ向かう予定。
本来なら、入社6年目の安西さんと買い出しに出るはずだったのだが、最近の流行り病で3日前から休んでいる。
去年も買い出し係だったし、大丈夫なんとかなるでしょ…と、私は1人で会社を後にする。
ところが、駅に向かって歩いていると、後ろから、桜咲さんが走って来た。
「岩井、俺も行くよ」
そう言って、桜咲さんは、私の隣に並ぶ。
「えっ? あ、ありがとうございます」
まさか、桜咲さんが来てくれるなんて、思ってもみなくて、私は驚いた。
桜咲さんは、私より5年先輩の31歳、既婚、1児の父。
入社当初からとても親切に教えてくれて、私が最も慕っている先輩社員だ。
「全く、1人で13人分の買い出しなんて、無茶だろ。みんな自分が行くのがめんどくさいからって誰も手伝おうとは言わないし」
並んで歩きながら、桜咲さんが呟く。
「持てる分だけ買って、足りなければ鈴木くんたちをパシリにしようかと」
私は、てへっと笑ってみせる。
それを見て、桜咲さんも笑った。
「くくっ、ま、それもアリだけど」
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