105人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
そこへ、シャワーを浴びていたのか、髪が濡れたままの彼女が出て来た。
「菜乃花……」
彼女は一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに口元に薄い笑みを浮かべた。
「菜乃花、おはよう。あ、もうこんにちはの時間かな?」
今、時刻は11時。
こんな時間に寝起きなんて、夜中まで何をしてたんだか。
LINEに気づかないくらいさっきまでぐっすり寝てたのね。
それともスマホを見る余裕がないことをしてた?
いつもはおとなしくて優しい彼女が、人を小馬鹿にしたような薄い笑みを浮かべてるのを見た瞬間に、初めは勇気に向かっていた怒りが、一気に彼女に向かう。
「どういうこと?」
私は静かな怒りを声ににじませながら尋ねる。
「聞かなきゃ分かんない? 菜乃花はもっと賢いと思ったけど」
私が知ってる彼女とは違う口ぶりに驚くと同時に、私の怒りは頂点に達した。
「分かるわよ。分かるから聞いてるの。なんで私と結婚の約束をしてる男が、私が親友だと思ってた女の部屋にいるの!」
初めは、怒りを抑えて静かに話していた私だけど、どうしても最後は語気が荒くなる。
「私が取ったと思ってる? 菜乃花は何も分かってない。最初に私から勇気を取ったのはあなたでしょ? 私はあなた達が付き合うずっと前から、勇気のことが好きだった。それなのに、後から知り合ったあなたが横から掻っ攫っていったんでしょ? 私は、取り返しただけよ」
えっ……知らなかった。
親友だと思ってたのは、私だけだったってこと?
じゃあ、私が勇気のことで相談するのを、今までどんな気持ちで聞いてたの?
勇気は私と彼女の間に挟まれて、オドオドと立ち尽くしている。
そもそも、本命が私で、彼女とのことが遊びなら、私が帰って来た時点で清算してるはずだし、残業や休日出勤などと言い訳をして逃げる必要もない。
つまり、3ヶ月前は私が本命だったかもしれないけど、今は、彼女の方が本命だということよね。
ただ、きっちり私に別れ話をする度胸がないだけで。
「だったら、あげるわ。さようなら」
私は、そう言って、くるりと踵を返すと、そのままその部屋を後にする。
そして、駅へ向かう途中のゴミ箱に、持っていたお土産を捨てた。
浮気する男は何度でも浮気するって言うし、この先、浮気されて捨てられて泣けばいいのよ。
私は、失恋の辛さを紛らわすように、ついそんな可愛くないことを考えてしまう。
けれど、怒りは長くは続かないもので、ひとしきり心の中で悪態をつくと、涙が溢れてくる。
なんでなの?
私の何がいけなかったの?
出張なんてなければ、こんなことにはならなかったのに。
涙は1日で収まるものではなく、翌月曜日はほとんど仕事にならず、1時間おきにトイレにこもって泣いては化粧を直すことを繰り返した。
最初のコメントを投稿しよう!