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その後
花見が終わり、1週間が経つ。
私は、あの後、なぜか桜咲さんから目が離せない。
私は、失恋した翌日もずっとトイレにこもって泣いていたのに、桜咲さんは、離婚して子供と離れ離れになったのに、それをおくびにも出さず、いつも通り仕事を続けている。
気を遣われたくないからと、誰にも離婚のことを言わない。
私が3年も前の失恋にこだわってたから、私にだけ話してくれたのかな。
そんなことを思いながら、気づくと、桜咲さんを目で追っている。
その夜、残業で社に残っていると、桜咲さんが声を掛けてきた。
「腹減った。続きは来週にして、飯行かないか?」
それに答えるように、私のお腹がグゥと鳴った。
「くくくっ、お前の腹、素直でいいな」
桜咲さんは必死で笑いを堪えながら笑っている。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか! たまたまですよ!」
私は、恥ずかしくなってそっぽを向いた。
「素直なのはいいことだよ。ほら、奢ってやるから、さっさと片付けろ」
えっ? おごり?
私はその言葉に反応して、振り返る。
「くくくっ、やっぱり素直だ」
目を細めて笑う桜咲さんの表情は優しい。
「素直なのはいいことなんですっ!」
私はそう言い返すと、机の上を片付ける。
そして、
「ほら、桜咲さん、行きますよ。早くしてください」
と桜咲さんを急かしてみせた。
「くくくっ、お前なぁ」
桜咲さんは、呆れたように言うと、机の下、足下に置いてあったブリーフケースを手に立ち上がる。
「ほら、行くぞ」
そう言われて、私は桜咲さんの後をついて行く。
「どこ行くんですか?」
私がエレベーターの中で尋ねると、
「どこがいい?」
桜咲さんに尋ねられた。
迷うなぁ。
「んー、お酒が飲めて、おいしいとこ」
私が答えると、桜咲さんはまた苦笑する。
「くくくっ、それはどうも具体的な答えをありがとう」
そうして、私のリクエストを聞いた桜咲さんは、駅の反対側にある複合ビルのバーに連れて来てくれた。
窓際のテーブル席からは、夜景が綺麗に見える。
「ぅわぁ! 綺麗ですねぇ! 私、会社の人とこんなおしゃれなお店に来たの初めてです」
私は、外の景色に見惚れて、窓に張り付くように眺める。
だって、歓迎会も忘年会も、いつも居酒屋ばかりなんだもん。
「分かったから、何食うんだ?」
桜咲さんがメニューを差し出す。
「えっと、何にしようかな。んと……、これと、これと、これと……」
私がメニューを見ながら、気の向くままに、食べたいものを指差していくと、
「分かった、分かった」
と、桜咲さんは、軽く手を挙げて店員を呼び、私が食べたいものを注文してくれた。
一通り注文を終えると、私は、店内は落ち着いていて、人の話し声もまばら、聞こえてくるのは、BGMとして流されているしっとりとした洋楽だけだということに気づく。
ここは、騒いじゃいけないお店なんだ。
そう悟った私は、静かに夜景を楽しもうと思うけれど、気になるのは桜咲さんのことばかり。
「あの、桜咲さんは、もう大丈夫なんですか?」
私は、あえて言葉を濁しながら尋ねる。
桜咲さんは、フッと微笑んで、こちらを見た。
「大丈夫だよ。そばに見てるだけで気が紛れる女がいるからな」
私は、言ってる意味がよく分からなくて、首を傾げる。
桜咲さんは、それ以上、特に説明することもなく、お酒や料理の話題に変えた。
それから、桜咲さんとはこうして時々食事に行く。
私だけがバツイチって知ってるから、誘いやすいのかな?
私も桜咲さんの隣は居心地がいい。
食事やお酒もなぜかおいしく感じる。
私が桜を好きになるのは、それからほんの少し後の出来事。
─── Fin. ───
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