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16話 ナーヴェ連合国へ出発です
ヘパイストス第三遺跡から公爵領に帰ってきて、既に数日が経過している。
公爵領に到着してしばらくはとても忙しかった。罪人達からとんでもない情報が沢山出てきてしまったのだ。
結果、王国領のほとんどを巻き込む大規模調査に発展し、カルメル子爵だけでなく、大小様々な貴族家が捕まる騒動になったみたいだ。
俺と公爵は、メフシィ辺境伯も麻薬騒動に絡んでいると思っていたのだが、証拠は一切出てこなかったそう。絶対怪しいのに……。
それから俺たちは、麻薬に侵されてしまっている人達向けで、魔石へ即効性離脱魔法ウィズドロウを付与し続けた。
今は、魔石付与のノルマも終わり、少しゆっくりするかと美砂と辺りを散歩しているところだ。
この街はやっぱり辺境伯領と違い、暖かい街という感じがあっていいなあ。
ふと、なにか店があったと思う場所が閉店していることに気づく。どこだったか思い出すのに苦労したのが、隣の店のおばちゃんが教えてくれた。
どうやら呉服屋魔法少女が無くなったそうだ。おばちゃんが聞いたのは、役目が終わったから修行の旅に出る、ということらしい。一体何の修行をするのだろう。
そんな事を考えていると、今度は周りがざわざわしていることに気がつく。
「がははは、嫌だもんねー!」
「こーら!言うことをちゃんと聞かないと、知的オーガに食べられますよ!」
「え……。ご、ごごごめんなさい」
わがまま盛りの子供相手に凄い効き目だな。知的オーガか、この世界のナマハゲみたいなものだろうか。
その後も、住民達の噂話が続々と耳に届く。
「奥さんあの噂を聞きました?」
「ええ」
「オーガと生身で殴りあってたって聞いたぞ」
「嘘だろ!?Bランク魔物だぞ?斬りかかった剣が折れる相手だ!」
「穏やかな、女神様のように優しい笑顔がオーガの返り血で染まってたってさ」
「空から大岩も降らせたって」
「魔法開発をして、皆の麻薬症状も取ってくださるんですって」
「知的オーガってそういうことなのね」
「「「ち〜てきお〜が〜がやってくる〜」」」
あれ?俺、これ、俺の話ししてる?疑問に思い、美砂を見ると苦笑している。
穏やかな街だし、ここに住むのも悪くないかと思った矢先に……。
姿を知られてないからまだ良かったけど、とても住みづらい街になってしまったな。
少しぼーっとしながら自分の気持ちに向き合う。
帰る方法はとりあえず見つけたいけど、絶対に帰りたいという気持ちは無くなってきている。あれ、最初からあんまり無かった気もするな?
お金は十分あるし、生きていけるだけの強さは身につけた。これで煩わしい猿に絡まれても追い払うことが出来るだろう。
本気を出して戦う、ってのは楽しいな。強くなるのが新しい趣味になりそうだ。
遺跡の探索は、なんか面倒事に巻き込まれそうだけど謎解きみたいで嫌いじゃない。
人族を滅ぼす麻薬、魔人族を滅ぼすマスタードガス、遺跡でのアイツに似た文字、あとは、帰れなかった時のために安住の地は見つけたいか。
それに、俺は自分で思ってたよりもゆったりとした旅は嫌いじゃなかったみたいだし、もう少し世界を見て回ってからの余生でもいいかもしれないな。
「なあ美砂?」
「なーに?」
「やっぱり、日本に帰りたいか?」
「え?う、ん〜、ど、どうかな?オサム君は帰りたくないの?」
唐突な質問だったためか、美沙の目は泳ぎたい放題である。そんなに困る質問だっただろうか。
「何、動揺しまくってんだ?俺は、どうだろうな。満足している気もするけど、やっぱり娯楽がないのは辛いし、帰りたくないってことはないかな」
「そ、そうだよね!やっぱりそうだよね、僕も帰れるなら帰りたいかなーって思ってるよ!」
「なんか無理に合わせてないか?」
「全然!全然無理なんかしてないよ!」
「そっか。じゃあこれからの基本目的は二つ。帰る方法を探すこと、一応安住の地を見つけることにしよう」
「他の事はいいの?」
「今のはあくまで基本だ。次いで、命の危険がない範囲で遺跡を巡ること、麻薬や毒ガスを含む地球人の痕跡を追うこと、かな?」
「じゃあ、このまま世界を巡る旅って感じだね!」
「ああ!メフシィ辺境伯領から隣国に行けるみたいだし、そっち方面から行ってみようか」
「うん!じゃあランバート公爵に報告しに行こうよ!」
俺たちはその足で公爵の元へ報告しに行ったのだが、公爵は笑いを堪えながら話しを聞き、了承してくれた。
「そうか、ナーヴェ連合国へ行くのか。まあ居づらい状態になってしまったもんな。知的……クックック」
堪えてたのは最初だけだった。
「流石に他国となると私もついていけませんわ。勝手に出てきてしまっているので、お父様もお母様もお怒りのようですの」
「勝手に、出てきてたんだね……」
「以前、もう隊長じゃないと言っていたのはそういうことだったのか」
この人、新しい魔法を近くで見たいというだけで、勝手についてきていたのか。貴族なのに自由人なんだな。
「私はついて行きますよ、まだ欠片も恩を返せていません」
「家族はいいのか?」
「私の忠誠はお二人に捧げました。それに、救われた恩も返さず家にいても子供に見せる顔がありません」
「ありがとう、助かるよ」
どうやらエドモンはついてきてくれるようだ。これからは俺、美砂、エドモンの三人旅だな。
「ランバート公爵、思った以上にお金を持ちすぎてしまったんですが、この世界の子供の為にお金を使える方法はないですか?」
「それは、市民のことか?」
「ええ、教育でもいいですし、そもそも生きることに苦労している子がいるならそちらが優先ですね」
「なるほど、では教会で預かっている孤児への寄付だろうな。高位貴族の義務でもあるが、足りているとは言い難いだろう」
「なるほど、では大金貨二百枚ほど寄付していきますね」
「おお、そんなにか。その量ならメフシィ辺境伯領に在中する教区長に直接渡した方がいい」
「分かりました。では、俺たちはそろそろ出発しようと思います」
「ああ、気をつけて。いつでも帰ってきてくれて構わないよ」
屋敷から出ると、暴力ウサギが待っていた。
「行くのか?」
「ああ」
「てめぇを狙ってる危ない女は、恐らく魔人族だ」
「色々ありがとうな、おかげで少しは強くなれた」
「ちゃんと決着付けて街に迷惑かけるなよ、知的オーガ」
「うるせぇよ、血兎ブラッディラビットもなかなかだろうが」
「はっ!最後までいけすかねえ、達者でな」
少し前までは当たり前だったいつものやり取りも妙に懐かしく感じる。
しかし、隣のエドモンが青い顔をして胃のあたりをさすっているが、もう飴を舐めることはない。
確かに時間が動いていることを確認し、ジリジリと照りつけ、しっかりと夏を感じさせる陽光の元、俺たちは新たな旅に出発した。
――*――
ヘパイストス第三遺跡で別れた頃(シャルル目線)
そうでした。私は、思い出しました。私の使命は……。
「やあ、思い出したみたいだね?」
突然、私の頭に主様の懐かしい声が鳴り響く。
「主様、十五年振りでございます。全て思い出してございます」
「偶然でなければ、予定通り勇者オサムが現れたということでいいかな?」
「ええ、確かに熊井理様と共に遺跡へ参りましたが、勇者はどうやら別の方だと思われているようです」
「ん?召喚者がオサム以外にいるということかな?」
「はい。どうやら勇者と思われているのは九重京介様という方で、熊井理様と一緒にいた東部美砂様も召喚者かと」
報告をした瞬間、全身を針で刺されるような痛みが走り、何かは分かりませんが自分の失敗を悟りました。
次いで全身から滝のように汗が流れていくのを感じ、身体を確認しましたが傷などはありません。先程の痛みは恐らく、今も感じる主様の殺気なのでしょう。
「あの類人猿が私のオサムの近くにいると?確かに東部博士は地球でも限られた人間だった。しかし妻に猿を選ぶなどという暴挙、突然年寄りになったのは確かに驚いたが猿は猿だ。その子供も平凡な猿そのもの、悪影響を避けるためオサムからあれだけ遠ざけたにも関わらず……。オサムの行先は?」
私はまたしても自分の失態を悟り、いよいよ死ぬ覚悟で報告をすることにしました。
「申し訳ありません。恐らくナーヴェ連合国かと思われますが、確かな事は言えません」
「進捗自体は計算通りに進んでいるな、それにしても流石オサムだ。地球から勝手に人を連れてくるなど、この私にすら想定できないことを当たり前にやってくれる。ああ、君は今何を感じ、どこまで気づいているだろうか……」
主様の話しは全くもって分かりませんが、こちらから確認するのは危険であると本能が告げてきますね、私は黙って聞くことにしましょう。
「ふふふ、それにしてもようやく三十年か。とても長かったよ、おかげで準備は万端さ。早く強くなるんだよ、そしてその後は……ふふふっ」
ひとまず自分の命が無事であることに安堵していると、追加で命令を頂戴しました。
「シャルル、思い出したのなら使命を果たすようにね。それから、少し事情が変わったようだから計画を修正しようと思う。役目が全て終わったら帰っておいで」
「かしこまりました」
新たな計画を聞き、主様への畏怖から身震いしていまいます。この方は一体どこまで先が見えているのでしょう。
――*――
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