18話 無血開城は血まみれです

1/1
前へ
/98ページ
次へ

18話 無血開城は血まみれです

『ピーッ』  手に入れた呼子を力いっぱい吹きながら、俺たちは通路を進む。 「出入りじゃー!」   「舐めた真似しやがって!」   「ぶっ殺せ!」  向かってくるマフィアを片っ端から気絶させ、ほとんど屋敷中の制圧が完了した。 「ひゃ、百人はいたんじゃないですか?」  エドモンが口端をヒクヒクしながら確認する。 「僕は途中で数えるのやめちゃったけど、それぐらいいたかもね」 「ちゃんと全員生かしてあるし、間違ってたら謝ろう」 「も、もう無理なんじゃないかな?」  む、美砂が行けって言ったのになんか俺のせいになってる気がするぞ?しょうがないじゃないか、話し合いなんて無理だろう。  デザートにとっておいたマフィアの主部屋をノックする。 「失礼します」  扉を開けた瞬間、猛烈な勢いで何か光るものが近づいてきたと思い、顔の前を腕で防御すると、『ガキンッ』と金属同士のぶつかるような音が響く。  中腰で抜刀術を放ち終えたような姿勢の侍と目が合った。 「いってぇ!」    数瞬遅れて、防御した腕に強烈な痛みと熱さを感じたので視線をやると、侍の刀は俺の腕を半分程度まで切り、恐らく骨で止まっているようだった。 「オサム君!『ヒール』」 「殿、コイツは化け物です。あの細腕がオーガの首なんかより余程硬い。それが三人いるならもはやここまで、降参しましょう」 「ふざけるな!ここまで舐めた真似をされて、降参なんぞ出来るか!おいお前ら!まずは名を名乗るのが礼儀じゃねえのか!?」 「ちゃんとノックもしたし、失礼しますって言って入ったのに斬りかかってきたのはソッチだろう?」 「うるせぇ!ピーピー呼子鳴らして屋敷中めちゃくちゃにしやがって、賊に不意打ちすんのぐらいは普通だろうが!」 そうか、この場合は俺たちが賊だもんな。 「まあいい、俺は熊井理だよ。ここに連れてこられた大道芸人の女の子を引き取りに来た」 「くっそ、こんな奴らが来るなんて聞いてねーぞ!だが、てめぇも余裕ぶっこいてられんのは今のうちだ。探してんのはコイツだろう?」  親分はニヤッと悪い顔を見せ、縄で両手足を縛った女の子を持ち上げて見せてくる。  白色と灰色がとても綺麗に入り交じった髪の毛の少女である。よく見ると、頭の上にちょこんと猫耳が乗っている。   「そういえば、どんな子か知らんな。その子かもしれないし、別の子かもしれない」 「てめぇふざけてんのか!?コイツのはずだぞ!」  あれ、客観的にこれはふざけてるな、流石に俺でもキレると思う。はて?と後ろの二人を見るが、苦笑いである。え、俺のせいなの?  というか良く考えれば会話もおかしいな。  『こんなこと聞いてない』『狙いはコイツのはずだ』ですか。なーんか気に食わないね、誰かに動きを操作されている気がする。 「まあ、落ち着け。まずは名乗ったらどうだ?それが礼儀なんだろう?」 「くそっ、言いてえことは山ほどあるが、名乗らねえのは俺の仁義に反する。俺は首領セグレトだ、ファミリーのボスをやっている」 「そうか、目的がその子か分からんので、子供がいたら全て引き取りたい。どうすればいい?」 「だから、あまり舐めたこと言うなよ?てめぇにはこれが見えねえのか?」  首領セグレトは、猫耳少女の首にナイフを突きつけている。 「いや、目の前にいるんだから見えてるに決まってんだろ。猿山のボス猿だったのか?見えた上で聞いてんだよ、言葉分かるか?」 「オ、オサム君。あんまり挑発しない方が……」  首領は、プルプルと震えながら顔を真っ赤にしている。こうかはばつぐんのようだ。 「おい、用心棒!ソイツらを殺せ!てめぇら一歩でも動いてみろ、コイツを殺すからな」 「やれやれ。先程の不意打ちといい、こういったやり方は拙者も好かんのだがな」  侍が刀を納刀し、抜刀術の構えをする。 「まあ、確かに君たちはやり過ぎた。君たちがその固くなる術を止め大人しく切られるのならば、拙者が責任を持ってその子を守ることにしよう」 「用心棒、勝手な約束をするんじゃねえ」 「タダでさえ気に食わん仕事なのだ、これくらいはご愛嬌ということで」 「くそ、割の良い仕事だと思ったらとんでもねえぜ」 「さて、御仁。覚悟はよろしいか?」  えーよろしくないよ。  痛かったし、また切られるのは嫌だな。  んー……。しょうがない、首領セグレトとオハナシすることにしよう。ここからは度胸比べ、言わばチキンレースだな。 「分かった。お前もぶっ飛ばそうと思ったけど、その猫耳少女を離すなら許してやろう」 「あ?こっちが優位なんだぜ?てめぇ分かってんのか?」 「うん、うん。だからね、俺たちも自分の命が大切だから、その少女を見捨てるしかない。でもそうすると後で最悪な気分になるから、俺の人生は君を痛めつけることにだけに全てを注ぐことになりそうなんだ」 「あ?何言って……」 「君や君の家族は生きたまま皮を剥ぎ取って、互いに食べさせてあげる。餓死したら困るからね互いの糞尿も立派な食事だ」 「な……」   「日課として、料理用のおろし器で指先と足先から少しずつ削ってあげる、ああ安心して?死にそうになったらヒールしてあげる、君たちが天寿をまっとうするまで続けよう」 「な!?そ、そんな……」 「そうだ、用心棒の君も交ぜてあげるよ。自分の腕を直火で焼いて、お互いに食べさせるのも楽しそうだよね?デザートには目をくり抜いて食べさせてあげるよ。痛いかな、苦しいかな、いいねゾクゾクしてきた。いいよ、その子を殺しなよ。そっちの方が俺の人生は真っ赤に彩られて楽しそうだ」  最後に保っていた愉悦顔をニッコリと変え二人を見る。既に二人は顔を青くさせ泣き出しそうだ。 「せ、拙者はこ、降参する!そ、そんなおぞましい目に会いたくないでござる!」  用心棒は刀をコチラの方へ投げ捨てて土下座のような姿勢になった。あと一人。 「用心棒は降参だって、つまらないなあ?でも、まだ降参しない君は根性があっていいね。俺も楽しめそうだよ」  一歩、首領セグレトの方へ歩を進める。 「く、く、く来るな、ば、化け物」 「俺が君の元に行くまでに降参しないのなら、これから数十年間、一緒に楽しみたいという意思だと受け取ろう。ふふふふふ、君の顔が苦痛に歪むのを想像すると……。いい、とてもいいね」 「ひ、ヒィィィ!く、くくくるな!」 「ああ、とても残念なことだけど、もしも拒絶したいなら、降参するといい。君とはしっかりと同意の上で楽しみたいからね」    俺は両手を向かい入れるように広げ、一歩ずつ、ゆっくりと時間をかけて首領セグレトの方へ歩んでいく。  残り二歩の距離だろうか、首領セグレトはもう目の前だ。表情筋は辛いが、作った愉悦の顔は崩さないように意識している。 「こ、降参する!勘弁してくれ!」  はい、無血開城である。  無血開城は元来、身体の代わりに心が血を流すものである。誰にともなくそんな言い訳をし、猫耳少女を無事に保護した。   「とても残念なことだけど、約束は守ろう。その子を離したし、とりあえず君には危害を加えない」 「あ、あんたイカれてるよ」 「ああ、それで構わない。他にも子供たちはいるのかい?嘘はつかないようにね」 「ち、地下牢がある。そこで全部のはずだ」 「案内してくれるかな?」  首領に案内させ、地下牢まで行く。首領は途中ゴミのように自分の部下達が倒れているのを見て、眉をヒクヒクさせていた。 「オ……オサム殿、オサム殿の国では先程仰っていたような仇討ちが一般的なのですか?」  どうやら、先程の剣幕にエドモンもビビってしまったようだ。 「そんなこと誰もしないよ!オサム君だってそんなことするつもりは……ない、よね?」  首領に聞こえるかもしれないし、この場所でさっきの件を否定するのは良くないな。でも二人に勘違いされるのも嫌なんだけど……んー。 「目の前で、それも俺のせいで人質を殺されたなら俺はやるだろうな。ソイツに限らず、ソイツの親族に至るまで全て徹底的にやる。俺の心も壊れるかもしれないけど、それが俺の罰だと思うよ」  とりあえず肯定することにしたのだが、二人はドン引きであった。 「ぼ、僕はみんなの為にも絶対人質にならないようにするよ」 「私も同じくです」  そんな話をしていたら目的地に着いたようで、首領が地下牢の扉を開ける。  その瞬間、異臭が込み上げ、三人ともむせ返してしまう。  何かが腐ったような強烈な悪臭に嫌な予感はするが、地下への階段を降り、薄暗い牢屋の中を覗く。  凄惨。  牢内はその一言に尽きるものだった。 「な、なんだこりゃ」    どうやら首領もこの状況は把握していなかったようだが関係ない。俺は全力で首領をぶっ飛ばし、美砂に怪我人への回復魔法や浄化魔法を頼む。  向かって左の牢は、恐らく十数人分に及ぶ死体の山と三匹のウルフ。右手側の牢屋には数名の生きた子供達がいた。  美砂に聞くと、どうやら子供たちに怪我はないようで、死体にはその場で手を合わせ、先に子供たちを保護することにした。    子供たちに何があったのか聞いたのだが、ショック状態にあるのか上手く話せそうにない。  ここから先は俺たちだけでは手に余りそうだったので、子供たちを連れて一度外に出て憲兵を呼び、国側で対応してもらうようにした。というかぶん投げた。 「オサム君は結局、ブレーメンじゃなくてハーメルンの方だったね」 「別に誘拐してないだろ……」   「パパ!」  外で美砂と話していたのだが、驚いて声のする方を見ると、さっき救出した猫耳少女が俺を見ていた。  気のせいか?俺のそんな考えを打ち消すように、猫獣人の少女はこちらに走ってくる。幼稚園児くらいだろうか、テトテト走ってくる姿はとても可愛い。 「パパ!」  遂に俺の目の前まで来た少女は、俺の目を見てハッキリとパパと呼んだ。  え……?待って、俺、パパ違う。
/98ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加