20話 局所麻酔は首斬りです

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20話 局所麻酔は首斬りです

 更に奥に位置する魔物の閲覧部屋に入ると、人間よりももっと乱雑な扱いを受けていた。  主にゴブリンが多く、次いでウルフ、一匹だけオークも取り扱っているようだ。 「魔物さん達は、とってもお腹が空いてるみたいなのです……」 「そうなのか?」  やはり俺には分からないため、奴隷商人に確認する。 「ええ、そうかもしれません。人間と違って餌をあまりあげないで弱らせておいた方がいいですからな」  あれ?これって……。  自分の余りにもおぞましい想像に、全身が粟立つのを感じた。  売り切れの奴隷、地下牢の大量死体とウルフ、それに王都と公爵領の中間村で見つけた身元不明死体、普段出ないゴブリン、エドモンの飴。 「エドモン、王都からランバート公爵領へ向かう時、中間の村に着く直前ソワソワしてたよな?」 「ええ、確かあの時は飴の手持ちが無くなってしまっていて」 「森では既に飴を舐めていたと思うけど、どこで飴を補充したんだ?」 「来賓用に雇われている執事が舐めていたのを見たので、分けて貰いました」 「その執事は、飴をどうやって手に入れたか言ってなかったか?」 「それは、言ってなかったと思います。ですが、最近沢山入ってきたのでちょうど良かったですね、とは言われました」  そうか、疑惑の点が一本の線に繋がっていく。これはそういうことなんだろう。 「店主、売約済の奴隷はいくら出せば売ってくれる?」 「いえ、流石にお金では……。信用を無くしてしまいます」   「そうか、ならちょっと気絶してろ」 「は?」    俺は店主の後ろに回り込み首トンし、意識を刈り取った。 「オサム君?」 「エドモン、国境王関係者と用心棒を連れてきて欲しい、それから用心棒の武器も持ってきてくれるか?その後はリオンを連れて外で待っていてくれ」 「分かりました。リオン、行きましょう」 「パパ……。怒ってるのです?」 「大丈夫、すぐに済むから外で待ってな」 「はい、分かったのです」  二人が出ていったのを見計らって、美砂に説明する。 「麻薬は、人間奴隷の腹の中だ。そして奴隷達は麻薬を取り出す時に、腹を捌いて殺されている」 「そんな……」 「しかも俺の予想が正しければ、麻薬を取り出すために腹を捌いて殺した奴隷の処理は、魔物に食わせて行っているんだと思う」  俺の意見を聞いた美砂は自失状態になってしまったが、何とか戻ってきてくれた。 「どうすれば……助けられるかな?」  麻薬の巾着袋にされた奴隷に女性が多いのは、痛みに強いからだろう。腹に入れる時、どれ程の割合で死んでいるかも分からない。 「腹を斬る以外に、取り出す方法がない。まずは本人たちに確認してみよう」  俺たちは人間奴隷の部屋に行き、購入済みになっている女性に近づいた。先程はよく見なかったが口元に拘束具が付いており、喋れないようだ。  檻を無理やりこじ開け女性の口元の拘束具を外す。 「あなた達……は?」 「聞きたいことがある。腹に何か入れられたか?」  女性は泣きながら、震えながら頷いた。 「オサム殿、連れて参りました」  エドモンが憲兵長と用心棒を連れてきてくれたので、先程美砂に説明した内容を改めて説明する。 「オサム君、それで助ける方法思いついてるんでしょ?」 「ああ、だが本人達に選んでもらうつもりだ」 「どういうこと?」 「待っていてくれ」  とりあえず、腹に何か入れられたという人間を自己申告で集め、該当者達へ事情を説明する。 「痛い方法は、痛みでショック死するかもしれんが、入れられた時と同じように耐え抜くことが出来れば確実に生きていられる」 「嫌だ」  「あんなに苦しいのは嫌」  「またあんな思いをするなら死にたい……」  全員反対だな。そりゃそうだ、生きたまま腹を割かれるんだ。 「そこでもう一つ、痛みは全くない可能性が高い方法を考えた。しかし、自分の意思関係なく死ぬ可能性は十分にある。どちらがいいかは選んでくれ」 「正直、痛くないなら死んでもいいかな」  「痛くない方が……」 「あの、オサム君?その、痛くない方法ってどんな方法なのかな?」 「ああ、腹を割く前に首を斬り、痛覚を遮断してから腹を割く。その上で『ヒール』する方法だ」 「人形じゃないんだよ!?」 「だが麻酔が使えない以上、痛みを遮断する方法がない」 「オサム君なら麻酔とか作れないの?ほらイメージ共有魔法とかで、僕に飛ばしてくれれば……」 「全身麻酔はな、多くの場合呼吸も止まるんだよ」 「でも首落とすって……、あっ!それで用心棒さんを連れてこさせたの!?」 「ああ、あの居合抜きはかなり速度だと思う。それに身体強化をかければ、まず間違いなく痛みを与えずに首を切れるだろう」 「た、確かに有効そうだけど、ぼ、僕の倫理観が……」    俺と美砂で周りを置いてきぼりにして話していると、女性の一人が声をあげた。 「あの、私でやって下さい。聞いてたら、少なくとも痛みはないんですよね?」 「ああ、試していないが理論上痛みは無いはずだ」 「またお腹を割かれるよりずっといいです。やって下さい。死んだら死んだで、苦しむよりずっといいです」  勇気のある女性だ。 「用心棒、話しは聞いていたな?これから身体強化をかける、一度何かで試し斬りしてみろ」 「ほ、ほんとにやるんでござるか?確かに師匠の居合抜きは相手に痛みを与えないと言ってましたが、まだ拙者はそのレベルでは……」  ブツブツ言っている用心棒に他人身体強化をかけると、手をグーパーしながら何かを確かめている。 「こ、これは師匠の術?これなら間違いなくいけるでござる!」 「じゃあ君は、悪いが服を脱いでこっち向きで座ってくれ。美砂は抜刀術の邪魔にならないよう寝そべりながら合図を待って」 「分かりました」   「分かったよ」  女性を正座させ、俺はその正面でしゃがみ向かい合っている。美砂は俺から見て左側に位置し、女性に触れ、何時でもヒールをかけられるように準備している。用心棒は正座した女性の背中側におり、精神を整えているようだ。 「用心棒、やってくれ」 「分かったでござる」  用心棒が返事した後、部屋は静まり返った。生唾を飲み込む音すらも聞こえてしまいそうである。  勇気ある女性ではあるが、やはり怖さはあるのか少し震えている。俺は女性の腹を割く用のナイフを強く握り、オーバーライドを発動した状態で用心棒の動きを待つ。  一閃。  中腰に構えた用心棒が音も無く切り終えたことを確認した俺は、手のひらが目隠しになるように片手で女性の顔を掴み頭部を持ち上げた。  その瞬間、持っているナイフで一気に腹を捌き、手を突っ込み、胃に収められた袋のような物を発見すると美砂にヒールを指示する。 「美砂!」 「うん!『ヒール』」  美砂のヒールが全身に広がり、腹の傷が治っていくのを確認してから、持ち上げていた首を戻した。  光が収まったので、顔から手を放したのだが……どうだろうか? 「い、痛くなかった……けど、けど……」  女性が声を出したので成功したことに安堵していると、堪えていた何かが一気に吹き出すように、その女性は大きな声で泣き出した。  無事に済むことが分かった奴隷達は全員やる気になったようで、こちらの神経はだいぶすり減った気がするけど、何とか全員を助けることが出来た。  全てが終わったのはまだ昼過ぎだったけど、俺と美砂はとにかく疲れてしまい、国境王の城で休ませてもらうことにした。  国境王も、奴隷の首を切った後に戻すなどという荒業の報告を聞いたせいで腰を抜かしてしまい、治るまで政務はお休みという事だ。  何時間経ったろう……。カーテンを締め切り、暗くした部屋で何度目かのため息をつく。水でも貰いに行こうかと広間へ行くことにした。  広間に着くと、ソファで国境王がうつ伏せになり、メイドにマッサージを受けながら話しかけて来る。 「こんな格好で悪いの」 「いいえ、お大事にしてください」 「ほっほっ、やはり噂など当てにならんの」 「噂、ですか?」 「ん?知的オーガの物語は知らんかったかの?」 「誠に遺憾ながら、聞いた事はありますね」 「それだけの強さがあれば、仲間なんぞ連れていかんで、一人になった方がいいのではないか?」 「まあ、確かにそれはそうかもしれませんね」 「しかし、お主は実際仲間を連れている。どうしてだろうの?」 「どうしてか、どうしてだろうな。成り行きに近いかもしれないけど、まあ突き放す理由もないしな」 「ほっほっほ、今はそれで十分じゃろうて」 「なにか言いたそうですね?」 「聞きたいかの?」 「……別に」 「では、爺の戯言だと思って聞いてもらおうかの」 「結局話すのかよ……」 「仲間を大事になさい。その場その場の機転で他人の力を借りられる事は素晴らしいことじゃ」 「分かってるよ」 「じゃがの、一人でやってるような気になっていても、お主は自分で思ってるより何でも出来るわけではないじゃろう?」  国境王は横になりながら、見透かすような目でこちらを見てくる。   「周囲を、国を、支配出来るほどの力を持ち、そのままの精神であり続けるのはとても難しいことじゃ。じゃが、仲間がいれば君を人間でいさせてくれる。仲間を大切にするんじゃぞ」 「分かってる……よ」 「ほっほっほ、年寄りの一意見じゃて。そういえば、呼び出した理由じゃったな。旅のついでにその手紙を水国マルクスへ届けてくれるかの?」 「別に呼ばれてないけど……」 「ほっほっほ」  俺にこの爺さんを言いくるめるのは無理だと諦め、大人しく伝書鳩をすることにした。  外に出てみると、どんよりとしていた早朝とはうって変わって、雲ひとつない晴天が広がり、傾きかけた夏の日差しが街全体を明るく照らしている。  昼間も見たはずだが、街並みや人々を久しぶりに見たような気がする。少し足も軽くなった気がするので、俺はゆっくりとお散歩することにした。
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