6話 近くで魔物が出たようです

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6話 近くで魔物が出たようです

 護衛騎士や文官たちなどは引き続き馬車での寝泊まりになるが、ランバート公爵やエリーズ隊長、それから俺と美砂は来賓用の屋敷に泊めて貰えることになった。  王都と公爵領を結ぶような大きな街道は石畳で舗装されているし、馬車の車輪もゴムタイヤが付いているので、日本で読んでいたラノベの世界よりは揺れは少ないのだろう。  でも、思ってた十倍くらいキツいんだ。少しの段差を乗り越える度にお尻が割れそうなほど衝撃がくるのだ。  衝撃に耐えるため、肩肘張って乗っていたので訳分からん部位が筋肉痛になってたりする。その日は久々のベットで倒れこむように寝てしまった。  翌朝、昼過ぎには出発するということで、護衛騎士たちとも合流し村を散策させて貰うことにした。と言っても農家が中心なので何もなさそうなんだけど、一所にいるよりはマシである。  この数日の移動で、護衛騎士たちとは話せるようになった。特に、護衛騎士のまとめ役であるエドモン騎士とは仲良くなったと思う。  エドモン騎士は村に着くまではソワソワしてたからな、もしかしたら来る時に気になるものがあったのかもしれない。  だが、回ってみると畑以外には本当に何もない村だと分かり、屋敷戻ろうとした時、子供が俺たちの前に飛び出し土下座する。  涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げ、子供は必死の形相で叫んだ。 「お母さんを助けて下さい!」 「話を聞かせてくれるかな?」  美砂がノータイムで返事をし、しゃがみこんで子供と目線を合わせる。  俺はやれやれと思いながらも、警戒は解かず黙って話しを聞くことにした。  もしかしたら子供を利用して危害を加えようとする悪い大人の企みかもしれない。この世界の治安をまるで信じていないので、泣いている子供でも近くに寄ろうなどとは思わなかった。 「うん、お母さんがゴブリンに、森で、キノコをとるからって、普段ゴブリンなんていないのに、何匹もいて、連れていかれちゃった」 「餌、だな。ゴブリンは普通人間を食べる為に襲ったりしないが、人間の味を一度覚えてしまえば狙うようになる」    隣で聞いていたエドモン騎士が補足で説明してくれる。 「それはいつの話しかな?」 「今、さっき、僕走って逃げて、お母さんが食べられ……くぅっ、うっ、うわぁぁぁぁん」    美砂は、声を出して泣き出してしまった子供を抱きしめながらこちらを見てくる。助けたい、そう言っているのだと思う。  俺は、一つ鼻で大きくため息をつき、エドモン騎士に質問した。 「エドモン騎士、すぐに探しに行く場合、情報収集してから行く場合、それぞれどんなことが想定されるか教えて下さい」 「まず、時間を置いてから行く場合、その子の母親の救出は難しいと思われます。しかし、情報を集めることでゴブリンの数や武装状況なども分かる可能性がありますから、安全に殲滅が可能です」 「すぐに行く場合はどうでしょう?」 「子供の言う通り、今さっきの話しであれば間に合う可能性が高いです。ゴブリンにとっては、他の魔物や獣なども外敵に成りうるので、森の浅い所で食事はしないでしょう」 「ゴブリンは弓などの遠距離武器を使いますか?それから、ゴブリンと比較し、我々にはどれくらいの戦力がありますか?」 「弓は使えませんが、投石などはあります。そちらは、目に当たらないように気をつければ問題ありません。それから、」 「それから?」 「熊井殿や東部殿も含め、ゴブリンに負けるような輩はここにはおりませんよ」 「そうですか。じゃあ、これからすぐに行きましょうか。エリーズ隊長もついてきてくれる?」 「ええ、勿論ですわ。お二人をお守りするのが私の役目です」 「オサム君、ありがとう」  美砂は子供よりも泣きそうな顔をしながらお礼を言ってきた。   「じゃあ俺たちはお母さんを助けに行くから、森の入口だけ教えてくれるか?」 「あ、ありがとう。コッチ」    泣きながらも道はしっかりと覚えていたようで、逃げてきた道を教えてくれた。 「森の中はこの子が走って逃げた跡、それからゴブリンの足跡を見つければ問題ないでしょう」 「分かりました。君は危ないから村に戻っていてくれる?」 「う、うん。お母さんをお願いします!」    美砂が村へ戻るように優しく諭し、お礼の返事にほっこりとしている。 「では行きましょうか。ここからの指揮はエドモン騎士に任せます。俺たちへの口調も気にせず使って下さい。エリーズ隊長もそれでいいかい?」   「ええ、勿論それで構いませんわ」 「はっ!では指揮をさせて頂きます」  エドモン騎士は、よどみなく歩いていくので子供の足跡をスムーズに辿っていけているようだ。どうやら折れている枝、ひっくり返った土や葉っぱなどで分かるらしい。騎士とは狩人でもあったのだな。  そんなくだらないことを考えていると、 『ガリッ、ボリッ』    なんだ?なにか硬いものを噛んだような音がしたけど、誰かが何か食べたのか?前から聞こえる気がする、エドモン騎士か? 「ここだ、ここがあの子供と母親がゴブリンに遭遇した位置だろう。母親を引きづった跡がある、人間一人を運ぶんだ、すぐに追いつく。気を引き締めろ」 「「「はい!」」」  その後、森の中をしばらく歩いていくと、 「総員、周囲を警戒、ここからは声や音にも気を付けろ」  どうやら間もなく遭遇する距離まで来ているらしい。  エドモン騎士やエリーズ隊長が周囲を確認しているが、俺も周囲に異常がないことを確認し、また少しだけ進む。  いた。あれがゴブリンだろう。 「ゲッゲゲゲギヒョ」 「ギャギャギャギャ」 「クッチャクチャ」  三匹のゴブリンは、何か赤い、塊のようなものを口に運んでいる。手元、そして足元を見ると、余りの衝撃に身の前が真っ暗になるような感覚に襲われる。  ゴブリンは、人を食べていた。  それを認識した瞬間、一気に吐き気を催したが、必死で堪えた。  美砂を見ると、両手で口を抑え声が出ないようにしているが、目から涙が零れ落ちている。   「間に、合わなかった……」 「いや、まて。確かに犠牲者がいることに違いはないが、あそこに女性が1人縛られている。ぐったりしているが、血は見えない。時間的に、あちらがあの少年の母親である可能性が高い」  エドモン騎士が冷静に場を観察し、縛られた女性を見つけて作戦を立てる。 「私と東部殿が裏から回り込み合図をする、東部殿は縛られた女性の保護。私は二人を守りながら一匹を受け持つ。」 「分かりました」  助けるべき人を見つけたからだろうか、先程までと異なり、美砂は何か決心したような強い目をしている。 「熊井殿とエリーズ隊長は合図に合わせて正面から突っ込め。敵を二匹、一人一匹対応するように」 「分かりました」 「分かりましたわ」 「では、このまま合図を待っていてくれ」  しばらく待つと、縛られた女性の裏手の木々の隙間から何かが光ったのが見えた。合図のようだ。  合図に合わせて突っ込む。  ガサガサと草木をかき分け、一気にゴブリンに接近すると、ゴブリンは近くに立てかけてあった木のこん棒を手に取り、迎撃してきた。 「すぐに済ませますわ。『ウォーターボール』」  バッシャァン!と水球が物凄い勢いでゴブリンに当たり、吹き飛ばされたゴブリンは動かなくなった。    それを見ながら、隣にいたゴブリンに接近すると、ゴブリンはこん棒を振り下ろしてきたため、剣で受けとめる。意外と重い。  Fランクの魔物は、戦いを苦手とする大人と同格だ。同格というのは勝てるということではない、戦えば相打ち、つまり両方が死ぬということだ。  馬車の中で教わったことが、走馬灯のように流れてくる。  今更ながら命をかけていることに、身震いし、一度距離をとった。 「グギャ」 「ギャヒッ」  一度冷静になり、辺りを見回すと、エドモン騎士は二匹を瞬殺。どうやら他にもう一匹いたらしい。エリーズ隊長は周囲を警戒してくれている。  一対一。    思った以上に心臓が跳ねていることに気づき、まずは鎮める。  こいつは人間を食べていた。一度人間の味を覚えた魔物は、また人間を襲う。つまり、こいつの命を助けるということは、他の人間の命を間接的に奪うということだ。  そう自分に言い聞かせ、命を奪う覚悟を整えた。  一気に走って近づく、初撃と同じだ、ゴブリンはつい先ほどと同じ軌道でこん棒を振ってくる。さっきよりもよく見える気がする。こん棒の軌道を避け、縫うようにして剣を突く。  剣を持つ手に、ゴブリンの腕を刺した感触が伝わる。ゴブリンは痛みに顔を歪め、こん棒を手から離し地団太を踏むようなしぐさを見せる。  俺はゴブリンに刺した剣を抜き、抜いた勢いを殺さずに今度はゴブリンの右肩から左腰に向けて剣を振りぬいた。 「ドチャ」  命を奪う感触がした。
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