9話 巣立ちと混沌です

1/1
前へ
/98ページ
次へ

9話 巣立ちと混沌です

 凶悪ウサギのルウと荒野で戦い始めてから、1ヶ月ほど経った。  身体強化(オーバーライド)を覚えてから、というより細胞の魔力コーティングを意識し始めてから、魔力量が爆発的に増加した。  もしかすると毎日魔力枯渇寸前まで戦っているのも理由かもしれない。  俺の方が速いし、力もあるのだが勝率は半々程度だ。ただし、向こうも耳を随分と使い始めている。  ウサギの耳は手と同じレベルで使えるらしく、腕が四本あるのと同じようである。手数ェ……。   「ここも随分変わったね」 「くそウサギが暴れるからな」 「てめえ、すぐに七十八回戦を始めたいようだなぁ?」 「上等だ」 「僕はオサム君の性格が変わっちゃった気がするよ」  チラッと美砂のぼやきが聞こえた。そうだろうか、俺としては多分性格は変わってないと思う。賢音に、俺の本質が知的脳筋だと言われたことを思い出す。  クスッと笑いながら目の前のウサギを蹴り上げようとすると、手だけでなく両耳を使ってガードされた。 「楽しそうにニヤつきながら少女を蹴り上げる絵は保存しときてえな、冷静な時に見せてやるよ変態野郎」  なっ!なんて聞き捨てならないことを言うんだこのウサギは。大体笑ってんのはお前だ! 「今のは思い出し笑いだ。ウサギさんの事はちゃんと心を痛めながら調教してますよっと」  耳を掴み、ボロボロに崩れている岩山の方へ投げ飛ばした、と思ったら反対の耳が腕に巻き付き、懐へ入る勢いそのままで後ろ回し蹴りを顎に食らった。  見えていたこともあり、なんとか意思は保てたが、足がガクガクする。足から全身に痺れが回ってくるような感覚があり、膝を付いてしまった。 「いいだろう、合格だ。もうてめぇはその辺の魔物に負けることはないだろう」   「まだお前をボロボロにしてねぇ」 「はっ、百年はぇよ。さっさと怖ぇ女と決着付けて出直してこい」 「帰る方法を見つけたら、そんな女ほっといて先に帰るけどな」 「てめぇ、この街の人間が殺されんだぞ!?」 「俺には関係ないね。まあ万が一、何かのついでに出会うようなことがあれば、ぶっ飛ばしといてやるよ」 「ルウちゃん安心して?こんな事言ってるけど、オサム君は皆んなを見捨てたりしないよ」 「素直じゃねんだなー、なんだ?いい子いい子して欲しいお年頃か?」 「てめぇぶっ飛ばす。七十九回戦だ!」  なんだかんだ、また戦ってしまった。    認めよう。俺は多分戦うのが好きだし、この関係も悪くないと思い始めている。数瞬たりとも師匠だと思うことは無かったが、対等な関係に心地良さも感じている。  久々に街へ帰り、公爵に挨拶をした。 「凶悪なウサギは退治しておきましたので、街を出て色々巡ってみようと思います。帰る方法も見つかるかもしれないですしね」  公爵は苦笑いしながら返してくる。 「そうか、分かった。その前に一つだけお願いを聞いてくれないかい?」 「ええ、冒険者ギルドで身分証も発行頂いて、食事も世話になりっぱなしですからね、俺に出来ることなら」 「今、この街には変な飴が回ってしまっていてね。まだ効果などは分かっていないが、どうやら執着する大人が多いみたいなんだ」 「飴、ですか」 「ああ、色んな噂が飛び交ってしまっていてね。人によってはその飴をしばらくやらないと凶暴化するようでね、なんとか対処したいのだが」 「分かりませんが、調査したらいいのでは?」   「もどかしいことにね、規制されていないものに対して、我々が大っぴらに動く訳にいかないんだよ」 「なるほど、それで俺たちにその飴の調査をして欲しいと?」   「ああ。旅の準備をしながらでも構わないんだがお願い出来るかい?」 「分かりました、引き受けましょう」 「そういえば美砂はどうする?旅には着いてこないで、このまま街にいてもい「ついて行くに決まってるじゃん!!」    食い気味にきたな。自分の口の端がひきつっているのに気づく。 「僕はいらない、かな?」  上目遣いで捨てられた子犬のような目をしている、なんだ?それはずるいぞ。 「助かってるよ。回復もそうだし、あのウサギと戦ってる時、心が人間でいられたのは美砂のおかげだとも思う。でも自分が行くか決めるのは自分だろ?」   「邪魔じゃないなら、ずっとついて行くからね!もう確認なんてしないで!」  泣きそうな目をしながら必死に訴えてくる美砂を見て、何か悪いことをした気分になった。 「分かった、悪かったよ」  そんなやり取りをして、旅の準備として公爵紹介の呉服屋に移動した。呉服屋魔法少女というらしい。  こんな看板を見てしまうと、王城でのトラウマが蘇る。まぁまさかあんな変態がそこら中にいるはずはない、と覚悟を決めて店に入る。 「いらっしゃいませ」  知ってた。  服だけ見れば、赤のフリフリに紫のリボンがアクセントのようだ。顔の大きさやインパクトと反比例するように、耳元の赤い星のイヤリングがとても小さく可愛い。 「マーズだよ、マーズ」  マーズ?俺が美砂に聞き返すと、どうやら日本で昔流行った、火星をモチーフにしたセーラー服の女の子ヒーローに似ているらしい。 「あまり思い出したくないが、王城にいたのはオレンジだったよな?」 「あれはヴィーナスだったね」 「ヴィーナスってことは金星か。まさか星に準えた魔法少女が全ているとか?」 「二人目が現れたんだし、有り得るかもね」  なんなんだこの世界。 「もう!二人で楽しそうに何を話してるポヨ?」  待って、ポヨって言ったかコイツ。美砂も顔が引きつっている。 「いえ、なんでもないです。店を間違えました」 「もう!そんなこと言ったらプンプンポヨ!」 「プ、プンプン……。ダメだ、僕もう辛い!」  美砂が脱落して、急いで外に飛び出していってしまった。俺も逃げ出そうとした時、 「遺跡へ行け」  なんだ?遺跡?今アイツが喋ったのか?あまりにもダンディーな声だったが、と思い振り返ると、ポヨ?と小首を傾げている。  よく分からないまま表に出ると、子供がガラの悪い大人に掴まれていた。 「こらガキ!さっさとアメを出せ!」 「もうないよ!貰った分は全部あげちゃったもん!」  アメ?アメって飴ちゃんの話し?魔法少女から続き、混沌が三重奏で押し乗せて来ていて、もう思考が止まりそうだ。 「子供に暴力するのは良くないよ!」  一瞬の迷いも見せず介入する美砂さん、流石っす。ため息を一つつき、俺もそばに行くことにした。 「なんだてめぇら!邪魔すんな!」  チンピラが三人でかかって来たが、通常の身体強化で難なく倒す事に成功した。  そう。身体強化を二つに分けることにしたのだ。獣人が行うような、筋肉や臓器などを部位ごとに魔力でコーティングする程度の強化を身体強化とした。  なんせ、もう一方のオーバーライドは強くなり過ぎて人間相手には手加減が出来ない。暴力ウサギをあの速度で吹っ飛ばせる拳の威力だ、それで人間をシバいたら……。 「どうしたの?話を聞かせてくれる」  美砂が子供に話を聞く。 「俺、飴を配ったらお金をくれるっていうから、知ってる仲間達で手分けして、飴を配ってたんだ」 「飴?」 「ああ、子供は舐めたらダメなんだって。大人用の飴だって言ってた」 「それは、誰が言ってたのかな?」 「分からないけど、黒い服を着てて商人をやってるおじさん。そのおじさんも配ると偉い人からお金が貰えるんだって」 「教えてくれてありがとう。お金は大事だけど、もう知らないおじさんの話しを聞いたらダメだよ?」 「ごめんなさい。こんな事になるなんて思わなかったんだ」 「周りのお友達にも辞めるように言っておいてね」 「うん、分かった」  これは、そういうことか?一度公爵のところへ報告しに行った。 「助かった、ありがとう。黒い服の商人か……。フレデリック、何か情報はないか?」  隣にいた執事が返事をする。   「黒い服の商人ですと、先日お隣のメフシィ辺境伯領から奴隷商が流れて参りました。しかし、飴の輸入品などは無かったかと」 「奴隷か、うちの領では無しにしている、しっかり断ったろうな?」 「ええ、もちろんでございます。と言っても奴隷売買が目的ではなさそうでして、気になったので記憶しておりました」 「そうか、その奴隷商は追ってあるか?」 「少し前までは密偵を付けてございました。王都方面の村に立ち寄った後、王都へは行かず、何故かメフシィ辺境伯領の方へ引き返して行ったようです」 「分かった、メフシィ辺境伯に書状を送っておこう」 「熊井殿と東部殿も、情報を感謝する」 「ええ、構いませんよ」  外に出て、また買い物に回る雰囲気でもないので、久しぶりに訓練場へ寄るとエリーズ隊長とエドモン騎士に会った。 「あら、お久しぶりですわね」   「オサム殿、久しぶりですね」 「本当に久しぶりだね。あのくそウサギのせいで……」  一ヶ月ほど暴力ウサギに監禁されていたため、俺は荒野住まいだったのだ。  美砂は定期的に帰っていたようなのでそんなことは無いが、俺は丸一ヶ月も二人に会っていなかった。 「ははは……。オサム殿と違ってこちらは心臓が持たないのです。あまり危険な発言は避けて貰えませんか?」  エドモン騎士が青い顔でお腹の辺りを抑え、ビクビクしながら周囲を警戒している。 「この短期間で、あの英傑と戦えるレベルになったなんて信じられませんわね」  まぁ殺される寸前まで追い込まれたからな。力を発揮出来なければ死んでいたんではなかろうか。 『ガリッ、ボリッ』 「あなた、たまに何か食べてますけど、訓練場でよしなさい。他の騎士が真似したらどうしますの?」 「あ、ああ、申し訳ありません。これがあると心が落ち着くものでして」  エドモン騎士が飴を食べていた。
/98ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加