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4.ひよっこバレンタイン
「片平くん、お待たせしました!」
スマホをいじっていた片平くんに声をかけると、こちらを見上げてにこっと笑ってくれた。
お行儀よく並んだ白い歯がのぞく。
片平くんは手にしていたスマホを、画面がわたしに見えるように掲げた。
「ちょうど今、花乃ちゃんにメッセージ送っちゃった」
慌ててわたしのスマホを見れば、ロック画面に通知のバナーが一件。
モアイ像のアイコンが「着きました(筋肉の絵文字)」と言っている。
返事をせねばと「わたしも今着いたとこ!」と送ったら、「知ってる」との返信。その次に飛んできた
「かわいい」
という一言は、スマホを介してではなく、目の前にいる生身の片平くんからこぼれおちた言葉だった。
「ぬえっ、えと、ありがとう!片平くんもかわいいよ!」
ほっぺたを上気させながら、わたしは唐突に「はいっ」とラッピングしたケーキを押しつけた。
「えっ、何これ!」
「バレンタインケーキ。わたしが作ったの」
一瞬の沈黙。去年と同じ。
今ならわかる。
きっとあれは、たまごが入っているから食べればアレルギーが出てしまうことにためらった沈黙なのだと。
「でも、ね、安心してほしい!これ、たまご抜きで作ったの!」
片平くんの形のいい眉毛が驚きできゅっと上がった。
「ほんと!すごいね、花乃ちゃん!今食べてもいいの?」
「い、今?いい、けど……」
そう言いきらぬ間に、
「おいしいっ」
開口一番にそう笑った片平くんの目は、やっぱりかまぼこみたいな形に垂れていた。
「すごいね、花乃ちゃん!このケーキ生地、しっとりしてて甘さもちょうどよくて、プロのパティシエが作ったみたいだよ」
「まだ全然ひよっこだよ。っていうか、プロのパティシエが作ったケーキ、食べたことあるのー?」
「え、っと、それはないけども……」
「……冗談だよ、そんなに褒めてくれるなんて思ってなかった!ありがとうっ」
そう言って唐突にぎゅっと腕と腕を絡めたら、珍しく片平くんが頬を赤らめていてかわいかった。
「ねぇねぇ」
そんなかわいくて、おとなで、わたしにいっつも甘くて優しい片平くんと、もっとずっと一緒にいたいなと思った。
「わたしのお菓子、もっと食べたい?」
「うん、食べたい」
「じゃあさ、わたしが片平くんの専属パティシエになるから、一生涯雇用保証付きで雇ってもらえませんか?」
もっと、ずっと、一緒にいたいなと思った。
「ははっ、一生涯雇用保証付きかぁ。いいね、それ。花乃ちゃんとずっと一緒にいられるってことじゃん」
片平くんがそんなことを言ってくれると思ってなかったわたしは、思わず「ふえっ」というヘンテコな感嘆詞とともに顔をまっかに染め上げてしまった。
――― この数年後、わたしたち二人がお医者さんとパティシエのたまごになったことは、また別の話。
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