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 病院の個室は薄暗かった。窓のブラインドからわずかに差しこむ光が、ベッドの上に縞模様を描いていた。  毛布の盛り上がりの下で、妹・鳴美の体がよじれている。鳴美は目を閉じ、口を開けていた。肌は黒く変色し、粉を吹くほどに乾燥している。顔自体こけて小さくなり、皮膚の下の頭蓋骨が透けて見えるようだ。鼻に透明なチューブが挿入されている。  安中忠義が鳴美を見ると、小さな体に何本も管がつながれている。点滴が一滴一滴落ちて、右腕に注がれる。同じ腕から伸びた線がベッドの頭上の機器につながって、液晶の数字が刻々と変わっていた。心拍数だろうか。妹が生きている証なのか。  鳴美の左腕が発泡材に包まれて、ベッドの手すりに縛られていた。安中の視線に気づいた担当看護師が言った。 「拘束させてもらっています。目覚めた時、鼻のチューブを抜いてしまわれるので」  鳴美が生命維持するためのカロリーは点滴だけでは足りない。右半身麻痺になった鳴美は、食事を咀嚼することができないので、流動食を鼻から胃に流しこんでいる。 「妹は、意識が戻ることがあるんですね?」  脳梗塞を発症して以来、安中は目を開けた鳴美を見たことがなかった。 「ええ、わずかな時間なら。その時は反応がありますし、会話をすることもあります」 「少しずつ、回復しているんですね?」 「それは……先生にお聞きください」  鳴美と話がしたい。それは安中の偽らざる気持ち。同時に、目覚めた鳴美と向き合うことが怖かった。 ――何もわからない状態になったら死なせて。  と頼まれていたのに、逆らう形で延命の手術に同意した。その結果、右半身麻痺で、ベッドから起き上がることも、自分の口で食事もできず、排泄も人の世話にならなければならない。過酷な生を負わせてしまった。
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