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 瀟洒なタワーマンションが煙突の林のように並び、目の玉がぶっ飛ぶような高級車が行き来する東京港区白金台。そのセレブ街の一角にモンブランケーキ専門店の「サヴォイア」がある。  ショーケースには、黄金色、コーヒー色、苺ミルク色、ホワイトチョコ色、など色彩豊かなモンブランが所狭しとばかりに陳列されていた。  パティシエ兼オーナーの安藤和弘は整った顔立ちとすらりとした長身の男だった。  洒落たドアのチャイムが鳴った。 「いらっしゃいませ」  安藤は軽く頭を下げた。見知った顔だった。安藤は一瞬表情を硬くしたが、すぐに接客用の笑顔になった。  新宿にある「S&クラブ」で飲食係をしている若林美樹だった。美貌とスタイルの良さで風俗なら上玉にランクづけされるだろう。だが、今の彼女の顔は蒼く、不健康そうだった。 「今夜0時にお願いします」  彼女はいかにも緊張しているような声をだした。 「わかった」安藤はぼそりと答え「試作品のモンブラン、よかったら食べるかい?お代はいらないよ」言いながら、ショーケースの中からほんのり桜色のクリームがのったモンブランケーキを取り出して小箱に入れた。 「あら、あたしのためにプレゼント?」  美樹の顔がふわりと明るくなった。 「いつも贔屓にしてもらってるからね。あとで感想聞かせてくれよ。代金はいらないよ、店の奢りだ」  モンブラン専門店「サヴォイア」の商品は高価だ。一個800円から1100円。それだけに味と見栄えには、安藤は自信をもっていた。評判はSNSでも宣伝され、「S&クラブ」の客のもてなしに提供されることもしばしばで、上司に言われて美樹がお使いに来るのだという。今では、彼女はいわゆるお得意さんだった。 「わあ、やったあ。ここのモンブラン、サイコーなんだよね。これから、家に帰るから、さっそくご馳走になるね。ありがとう。じゃあ、例の件、よろしく」  美樹は嬉々としながら帰っていった。  そのあと、セレブ客の来店が何人かあった。  間をおいて、ドアチャイムが鳴った。 「いらっしゃいませ」  安藤が顔を上げると、美樹の上司の鷺山聯(さぎやま れん)だった。黒スーツ姿でいかにもホストっぽいが、「S&クラブ」の支配人である。鷺山は 周りに客がいないことを確かめると、砂をこするような声で尋ねた。 「美樹の始末、大丈夫だろうな」  安藤は黙ってうなずいた。  彼女は絶対の(どく)が入った桜モンブランを持って帰った。甘党の彼女は、間違いなく食べるはずだ。  一口目は濃厚な桜の香りと和三盆糖のクリームが口の中で溶け、二口目は食欲をかきたてられ、三口目は滑らかな舌ざわりの虜になり、四口目はかすかなまどろみを感じ……気づいたときには闇の淵にいて、激しく苦悶して絶命する……彼女は独身、独り暮らし、恋人はいない。両親は離婚して居場所は不明。  安藤は元薬剤師にして、本当の正体は殺し屋(アサシン)。        
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