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浴槽にお湯を溜める。
白く柔らかい湯気を立てながら、蛇口からお湯がまっすぐに落ちていくのを、じっと見下ろしていた。
天使の滝。そんな名前の滝があったような気がする。どこにあって、どんな流れなのかまるで知らないけれど、きっとその名前の通りに美しいんだろう。
パパはたぶんお酒を飲みに行ったのだ。そうなると、すぐには帰ってこない。早くても真夜中だ。だから、今のうちにカーペットをきれいにしておく。汚したのはパパだけど、汚れたままなのを見つけたら、怒られるのは私だから。それが終わったら、温かいお風呂に入ろう。
玄関の鍵はかけない。
パパは家を出る時、いつも合鍵を持たないし、戻ってきて閉まっているとわかったら、間違いなくカンカンだ。冗談じゃなく、今度こそ殺されてしまう。
私が殺されたら、大家さんくらいは悲しんでくれるだろうか。
スーパーから帰ったら、その足で、何かしらお土産を届けてくれる大家さん。私と変わらない年頃の孫がいるという大家さんくらいは、不憫な子だったよと、泣いてくれるだろうか。
私はふと素敵なことを思いついて、台所へ行った。
包丁とまな板を出して、戸棚の中に裸のまま転がしておいたリンゴをその上に置いて、四等分にする。お風呂場に戻ると、それを浴槽の中に放った。
思った通り、とても爽やかでいい香りが立ちのぼった。
ぽいぽいっと服を脱いで洗濯機に放り込み、スイッチを入れる。
古い洗濯機がごうんごうんと不穏な音を鳴らす中、赤い皮つきのリンゴがぷかぷかと浮かぶお湯に浸かると、少し楽しい気分になった。
フルーツは身体を冷やすらしいけど、これはどうなのかなって思った。
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