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intro
気がついたのは、二週間くらい前からだ。
窓をしっかり閉めても、どこからか隙間風が吹き込んでくるような、古い木造のアパート。アンティークと言うと聞こえがいいけど、住んでいる人間からすれば、情緒も何もあったものじゃない。冬はどれだけエアコンの設定温度を上げても、ちっとも暖まらないし、夏は夏で熱い空気が入り込んできて、蕩けそうになる。虫は這い出てくるし、カビは生えるし、最悪の住まいだ。
家賃の安さと、誰にも干渉されないことだけが魅力のそのアパートの、隣の部屋から時折、ギターの音が聞こえてくるようになった。耳をつんざくようなエレキギターの電子音ではなく、それこそ木造の建物によく似合う、素朴で優しいアコースティックギターの音だ。
時間帯はいつもばらばら。昼間の時もあれば、真夜中の時もある。雨の日の朝から流れてくることもあった。
隣の部屋は、もう長いこと空き部屋だった。最後に住人がいたのは、一年近くも前になる。夜の仕事をしているというお姉さんは、見た目は派手だし、常に眠そうだったけど、時々この辺では見かけない美味しいお菓子をくれたから、私は好きだった。
いつのまに荷物を運び入れたのか。新しい隣人の姿を、私はまだ見ていない。一人暮らしのようだけど、男か女か、若いのか歳を取っているのかもわからない。
ただ、昼夜を問わず家にいるのだから、まともな仕事をしている人ではないのだろう。このアパートは、そういうちょっと訳アリの住人が多い。
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