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10話
本城から聞こえる轟音と時の声はまさしく同志達の戦が始まった事を意味する。こうなった以上、急ぎ任務を終え合流を果たさなくてはならない。
味方は多勢に無勢、数を見破られれば鎮西の大群によって一網打尽とされてしまう。そうなる前に、何とか合流を・・・。
高津、石原をはじめとする襲撃部隊はそれぞれに駆け出して目標へ向け一気に攻め込んだ。
彼ら襲撃隊が動きをはじめたその時、本隊は藤崎宮より二手に分かれ城下ほど近い大砲営、そして歩兵営へとそれぞれに向かっていた。
「新開!砲兵営はまだ沈黙しております。」
斥候を放った報告によれば、砲台は戦う気配を見せていないらしい。
恐らく気付いてないのだろう・・・。ともなれば、一刻も早く叩いて
機能を封じるべし!大砲を擁する砲営を無傷に残して置けばこちらの被害も大きく、下手をすれば殲滅されかねない。
太田黒は低い声で神兵たちを急行させた。
大きな柵が円を描くように並べられ、一つの砦を築いている。
営内をぐるりと見渡すも、伏兵がいる様な様子は見受けられなかった。
「新開・・・築かれぬよう柵を取り払い、一気に攻め込みましょう」
横に控えて同じく率いてきた加屋が耳元へ囁いた。
静けさ故か、小さな音一つ立てても気付かれる恐れがあり緊張した空気が
辺りに張り詰めている。
彼の低い声は冷たい風に守られ営内へ響く事はなかった。
「うん。同感だ。砲台を使わせぬよう、一気に攻めあがろう」
そうして、70余名の隊はゆっくりと慎重に闇にまぎれて柵を取り払って
行き、営内への打ち入り口が現れたのである。
加屋は密かに数人の隊士を寄せて、大砲を分捕る様綿密に支持を出し彼らを
隊から分離させた。
丁度その時、本隊第二陣が攻め寄せる歩兵営より時の声が上がるや太田黒は
今だといわんばかりに、総攻撃の命令を下すのであった。
暗く冷たい戦いの幕開けである。
敬神党が神がかりの一挙は遂に火蓋を切ったわけだが、彼らの装備を鑑みれば、軍配がどちらにあるものかは凡そ解るだろう。
一党の長老、上野堅五は近代兵器を用いる事を提唱するが、既に神兵となった彼らにとって受け入れられるものではなかった。
それ故、最期までそれを悔やんだ上野であったが、火器を用いることは無く古来よりの刀槍に加え、焼玉と油入りの竹筒のみ携えての戦いへと進むのであった。
糧食、医薬物資については、敵地調達とし、ただ戦う術のみ整えて決戦に臨んだのである。
第二陣、太田黒の部隊が進行する頃、第三の富永守国率いる部隊は気取られぬよう、歩兵営に近づいていた。
「・・・他同士達の為にも一刻も早くこちらを占拠せねばならぬ。」
富永は静かに、自分に言い聞かせる様に言う。
彼は二千余名を超える大軍擁する鎮台軍相手に、できる限り自分達の無勢を悟られぬよう、急襲し兵力を削っておきたいと考えていた。
だからこそ、今改めて自身を戒め奮い立たせねばならないのであった。
「富永さん、歩兵営の兵士共はまだ動く気配も無ければ、こちらの事も一切感知しておらんようだ」
「そりゃいい、急ぎ行動を起こそう」
野口ら若い隊士らは、逸る気持ちを抑えられず富永ら幹部が指令を下すのを待ちわびている。
―確かにこのままじっくり待ってやる必要もない。急襲によって混乱を起こし叩けるだけ叩いておかねば厄介―
歩兵営に程近い場所まで辿り着いた一行は、ただ指揮を執る者の声を待つのだった。
富永は、斬り込みを決意するや素早く刃を敵陣へ向け突き出した。
「皆この一戦一夜に全てを注げ。我らは神兵ぞ、何人たりとて恐るるに足らぬ。さあ一気に叩くぞ」
声を張り上げたと同時に、待ってましたと隊士らは営内へ躍り出た。
歩兵達は、富永らの時の声にビクリとして床から飛び起きると、まだ半分寝ぼけ眼をあわてて擦りつつ、異常事態である事を知った。
彼らとて全く予知せぬ事ではない。
県令安岡にせよ、鎮西司令である種田少将にせよ、何らか敬神党一派が事を起こすであろうと踏んでいたが、まさかこういった形になるとは未だ思っても無かった事。
熊本城本営を攻め寄せるなど無謀極まりない事をしようとまでは想像もなき事だっただけに、一層の混乱が広がっていったのである。
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