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5話
石原は富永邸へと一人向かい、門を叩いた。
富永守国は年老いた母、そして兄弟達と静かに生活を営んでいる。
彼は大変な孝行もので、病を患った母へ炊事などの世話まで行い、異教として抵抗のあった仏法のお題目をもまた母の為と唱えるほどであった。
その彼も、いまや挙兵へ向け一党の参謀長としての重任を負い兄弟と共に日々同志間を奔走する身であった。
「守国、丁度良い所に出てきてくれたな」
富永は今丁度阿部宅を訪ねんと支度を整え外出する所であったから、突然声を上げて呼ぶ石原の声には流石に驚いたようで眼を瞬いていた。
「運四郎・・・!驚いた・・久しく我が家へは来て居なかったろう?」
「ああ、大概阿部か新開辺りで会合しておったからな・・・」
彼はのんびり構えてそう告げると、
「ところで、今からどこぞへ参るのか?」
と、すかさず言葉を付け加えた。
「え?あ・・・ああ。これから阿部の所へ行こうと思うとる。一緒に行くか?」
「ああ、俺も3人で話をする為に来たんだからな。行こう」
こうして二人は連れ立って水道町へと急いぐのであった。
水道町への向かういくつかの細い路地で、彼らは洋装纏った男女を見つけた。夷風に犯された文化がついにここまで迫っている。
二人はぞくと身を強張らせ危機を全身で感じ取ると、無言のままに同志宅へと急いだ。
阿部邸へ着くと、いつもと変わらぬ凛とした女性がまず二人の来訪を喜んで出迎えてくれる、以幾子である。
「まぁ、石原さん、富永さん、どうぞどうぞ。主人に会ってくださいませ」
以幾子に促され軽く挨拶を交わすと彼らは遠慮なく屋内へ上がるのであった。
「・・・挙兵に際して、他の同志共連携を強化しておく必要があろうな。」
もの静かな阿部の声が一室に響く。
「俺は今からでも肥後を出て伝書を持って秋月へ飛ぼうと思っている」
石原運四郎の声は低く透き通った美声であるが、非常に武張った人物である為余りその容貌に拘らず敢えて着飾る事もしなかった。
そんな彼の声も今は僅かながら焦燥感を漂わせていた。挙兵のその時を強く感じているからである。
「高津への知らせは緒方に任せ、我等は同志達の会所を整えよう・・・」
富永は二人の顔を見やると、そう締めくくった。
こうして、一同は散会し、それぞれにすべき事を成す為に動き出した。
石原はその日のうちに秋月を目指して肥後の街道を上っていった。
阿部や、富永はそれぞれ自宅へ戻ると、直ぐ様家人を呼びつけ同志達の待機所として接待に追われた。
いよいよ決起するその時に向け、それぞれに動き出すのである・・・・。
緒方小太郎は、富永の知らせを受け直ちに人吉の高津へと書を認めた。人吉は中心部より離れており、彼の元に手紙が届いたのは廿二日のことであった。
その日彼は廿五日に控えた神社の大祭の為、祠掌等と共に準備に勤しんでいた。
「母危篤が為、至急来熊願いたし-・・・・」
緒方からの知らせを受け手早く段を取ると、後事を祠掌の福山に託すや直ぐ様出立整えて熊本へと向かうのであった。
人吉を出て、彼が熊本市街へ入ったのは廿四日、すなわち挙兵当日の朝であった。高津は到着後自宅へ戻らず、阿部邸を訪問した。
「おお!高津か。漸く来たな。まあ奥の間へ上がってくれ・・・」
阿部は彼の肩を叩きながら明るく迎えた。
「ああ。所で緒方君から書簡を貰うたが・・・」
旅装束を緩めながら高津は知らせを案じつつ訪ねると、阿部から帰ってきた答えは全く違うものであった。
「・・・・・・挙兵の日取りが決まった」
その声は先程の明るい彼とは思えぬ低く冷たいものであった。
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