1/1
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

「警部、遺体の身元が……」 若い刑事が報告しようとしたが、俺はそれを遮った。 「わかっている。こいつは伊吹健(いぶきたける)」 「ご存知でしたか」 「一昨年、少年院を仮出所。保護観察が解けたばかりだったからな」 ――伊吹健の罪状は、尊属殺人……つまり親殺しだった。実の父親を包丁で刺し殺している。 だが、彼の母親……これもややこしいが、父親の再婚相手である女が、彼の正当防衛を証言して、伊吹健は比較的軽い量刑で済んだのだ。 何を巡って争ったのかは分からないが、母親が気づいた時には、実父が健に対し包丁で襲いかかり、それを奪って健が殺めてしまったとの事だ。 事実、凶器の包丁には父親の指紋も残っていたし、健にも傷があった。 だが、それを証言した継母は、健が拘留されている間に自殺している。 知らされた後、自ら死刑を望むほどに、彼は荒れたらしい。 その彼が、川沿いの桜並木の下で、首をかき切って自死したのだった。 「やはり、他殺ではなく自殺の線が濃厚らしいですね。何しろずっと死刑を望んでいたらしいですよ」 「だが、出所の際には真面目に働いて罪を償うと言っていたと言うのだがな」 報告書に目を通し、彼の行動を確認する。 「そんなの、口からでまかせですよ。刑を終えても心を入れ替えられない人間なんていくらでもいます」 極刑を望むのなら、なぜ、継母の証言を否定しなかったのか。 何故わざわざ、あの場所で死ななければならなかったのか。 そもそも、彼は実父と何で揉めていたのか。 白く魂の抜けてしまった身体で、青年は固く目を瞑っていた。 全ての秘密を胸に、あの美しい継母の元へと旅立ったのだ。 自らの手で……
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!