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小一時間程でロイとスゥのメンテナンスを終え、眼鏡をデスクに置いた澄花は管理者画面からのログアウトを確定する。
仮想空間はたちまち明るくなり、空色のパネルを敷き詰めたドーム型の空には、クラゲを模した気球がのんびりと画面を上下する。
マウスカーソルをアバターの肩に合わせ、トントンと優しく揺り起こすように数回クリックした。
先に瞼を持ち上げたのはロイの方だったが、彼は何度か瞬きを繰り返すと、ソファーに横たわって二度寝を始めてしまった。
それは澄花も想定の範囲内で、ロイは父に似て目覚めが悪く、二度寝常習犯だ。
それに引き換え、スゥはひとしきり目を擦ってからゆっくりと瞼を持ち上げると、細い首を傾げて、頬にかかる髪の毛の先を少しつまみながら言った。
「澄花、また会えたわね」
直感的な懐かしさが、澄花の胸を叩く。
それもそのはず。スゥの音声は、父が交際を始めた当初からこっそりと録音していた、カラオケでの母の歌声を元に合成しているため、伸びやかな声とブレスノイズが特徴である。
留守電メッセージとスゥの音声を照合してみても、成分数値は限りなく母の肉声に近い仕上がりだ。
それでも、この魂から溢れる感動を引き出す動機にしては、少し弱すぎると思う。
なぜなら、空気感を演出するリップノイズや絶妙な間の調整までは、0と1で制御しきれないと、他でもない澄花が一番よく知っていたから。
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