宵桜

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春ーー 桜咲く季節 この時期になると、この公園はそれはそれはきれいな桜色に染まる。 市内屈指の…とまではいかなくても、公園で桜の名所といえばここだと私は思っている。 この時期になれば、普段の公園の常連客以外の人間もたくさん集まってくる。 「桜やばー!写真とろ」 「ただいまお花見中、桜がきれいで幸せです!」 満開の桜並木の下でキャイキャイはしゃぐ人々。その様子を横目に、私はそばを通り過ぎる。 桜きれいとか言ってるわりに桜見てないじゃん 思わず心の中でそうつぶやく。 あの人たちだけじゃない。花見と称してここに集まって来てる人たちの大半は花を愛でるというよりも花の写真(もしくはそれを含めた自分の写真)を愛でているようだった。 もったいないねぇ… こんなに桜がきれいなのにスマホに夢中だなんて わいわいがやがやと、活気づいてるけどちょっと騒々しい桜並木の下、私はそんなことを思い桜の花々を眺めながら公園をあとにする。 *** その夜 昼間の公園を通って家に帰る。 昼とは違って人が少なく閑散としていた。 風がやわらかく吹けば、はらはらと桜の花びらが舞い散った。 きれいだな 夜の桜はライトアップされて幻想的だ。 昼に見た桜と同じはずなのに、夜桜というだけでまるで別世界の桜を見ているように感じる。 って、少し大げさか… 今年の桜もそろそろ終わりだ。 春は終わっても、この夜桜はこのままずっと見ていたい ふとそんなことを思った。 ーー嬉しいこと言ってくれるねぇ 「え?」 ーー近頃の人間はSNSとかいうのに夢中でちっともわたしたちに見惚れてなんかくれないってのに… 「え、え?」 突然話しかけてきた声。 きょろきょろと辺りを見渡してみるも、それらしき人は近くにいなかった。 ーーもうじき春は終わる、けど今宵の桜はずっと見ていたいか… いいねぇ、その願い、ぜひ叶えてあげよう 「えっと…」 よくわからない声に私は戸惑うばかりだ。 ーー明日のこの時間、もう一度ここへ来るといい いいものを授けよう 「はぁ…」 いいもの? その声がたんたんと話を進めるもんだから、私は流されるまま話をする。 いいものを授けるとは、いったいどういうことだろうか。 するとそれっきり声が聞こえてくることはなかった。 *** その次の日の夜 「来ちゃった…」 昨日の今日、あの声に言われたとおり、今私は昨日の夜桜の前にいる。 すると桜の木の枝に何かがぶら下がっているのに気づいた。 「傘だ…」 近づいて確認すると、そこには一本の傘がぶら下がっている。 それはまるで夜桜の枝から生えているかのように見えて不思議な存在感をまとっているようだった。 黒…、いや濃紺で塗りつぶされたようなそれをおそるおそる手にとって開いてみた。 「わぉ…っ」 夜桜ーー 傘の中に夜桜が広がっていた。 濃い紺色はまるで夜空、そこに桜の花を散りばめたかのような模様は、傘を通してまるで下から夜桜を見上げているかのようだったのだ。 ーーお気に召されたかな? 本物を見るかのように思わず見惚れていると、また例の声が聞こえてきた。 私は声を出す変わりにこくこくと首を立てにふる。 ーー桜はこの時期しか楽しめない だが傘ならば一年中使用する 風情と実用を兼ね揃えた代物だ、存分に使うといい 「どうも」 ーーただ…、傘に満足せず来年も桜を見に来てくれないだろうか? そう声に聞かれ、私は受け取ったばかりの傘から顔をのぞかせて言った。 「もちろん」 すると風が吹いて、桜の花びらがはらはらと舞い散った。昨日よりもっと多くの花びらが枝から離れては舞い落ちていく。 今年の桜ももうじき終わる。
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