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──ナイフを突き立てようとするしのぶがいた。
お互いに腹部を刺せないので、二人とも相手の首にナイフを当てる……。
「演習終了!」
小佐野隊長の声がスピーカーから流れる。
数秒の差で樫村しのぶの勝利だった。
くそぅ、と治子は小さな声で悔しがった。
録画された映像を映すモニターを見ながら、治子は敗因を悟った。
コンテナのなかへ入っていったという「読み」はたしかに治子の善戦に繋がっていたが、その読みが数秒単位で遅かった。
治子はフェイス・ガードとヘルメットを外した。
「御本人を目の前にして、こういう言い方もなんだけど、樫村先輩にあれだけ食らいついただけでもとんでもないことなのよ」
小佐野隊長が治子を慰めた。
「勝てなかったら意味がない! 実戦だったらわたし死んでるわよ!」
治子は手に持っていたフェイス・ガードとヘルメットを、シップメントの監視室の床……といっても土なのだが……に投げつけた。
来栖さん……! と小佐野隊長が叱ろうとすると、樫村しのぶは隊長の肩に手を置き、左右に首を振った。
小佐野隊長はうなずいた。
「ごめんなさい……ちょっと悔しくて……まずは、樫村しのぶ先輩、教練してくださりありがとうございました」
「悔しがるのは自分で自分の『伸びしろ』をわかっているからよ──治子さん。また来ます。一緒に訓練しましょうね──とりあえず、ストライカーを大学附属病院の思春期病棟までお願いできるかしら?」
あの、その前にちょっと……と椿にとろが切り出した。
「晩御飯を〈アンティセプティック・チーム〉の部室で召し上がってそれから病棟に帰るのはいかがでしょう? 昨日から寝かして具材に味の染み込んだカレーがあるのです。カレーがお嫌いでなければぜひ」
いいわね、と樫村しのぶは監視室のすぐ近くに転がっているくすんだピンクのコンテナを眺めながら微笑んだ。
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