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なので、昨日、聖パルーシア学園の中等部第一特殊部隊〈アンティセプティック・チーム〉からナイフ術をレッスンしてほしい、というメールが届いたときにはびっくりした。
もともとはPTSDで入退院を繰り返していたのだが、リストカットとオーヴァ・ドーズは退院しているときに何度もやっていた。それを完全に断ち切るためにしのぶは最後の長い入院をはじめることにした。
なにか嗜癖や依存を断ち切るときに「二の法則」という言葉がある。断ったその二分後、ニ時間後、そこをクリアしてもきつい揺り戻しが二日後、二週間後、さらには二ヶ月後にやってくる。
「わたしの『聖痕』はもう要らない。あと半年経ったらフラクショナルレーザで治してもらうから」
「残念ね、こんなまだ暑い日にも長袖なんか着て」
もう用済みなんだ、この子は──と麻里は思った。嫌味の一つでも最後に言ってもよいだろう。
「それに、レーザ治療でも削皮術式でも、完全にリスカ……ああ『聖痕』とやらよね……は消せないわ」
「だからなに? お洋服は一生長袖を着ればいいだけ。午後から用事なので先にお邪魔するわ。ごきげんよう」
聖書のページを閉じる音。
そっか……と、麻里は瞳のなかで小さくなってゆく樫村しのぶを眩しそうに見ていた。
「身体じゅうによくわからないきもい虫が大量に涌くのはキツいから──」
それがオーヴァ・ドーズをやめたときの言葉だった。それでもしのぶはまだ軽症なほうで、そんな幻覚を感じたのはその最後の一回、おまけに胃洗浄が必要だったこともない。
そこまでエスカレートしてゆく前に、意志の勝利に到達することができる、そこが樫村しのぶの特性でもあった。
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