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 だからなのか、向精神薬と強固な意志がミックスされたしのぶの血は極上の味だった。  春日井麻里にとってすでに朽ちた思い出になっている、お互いに頻繁(ひんぱん)な入退院を繰り返していたころ。放課後に西陽(にしび)を浴びながらリストカットをする樫村しのぶ。    オルファ製カッターナイフの刃をキチキチっと長く出し、エタノールで手首と刃を消毒してから──軽く手首に刃を当てて(はだえ)をぷつっと押して切り、ある深度を維持しながらそのまま刃をすぅーっと動かす。ジーンとした感覚からやがて鋭い痛みが、つまらない自我を別の次元に解き放ってくれる──。    湿潤(しつじゅん)のための軟膏とラップで処置する前に、麻里は(うやうや)しくしのぶの左手をとり、傷から滲み出る血液を味わった。  麻里が生まれ育ったルーマニアのトランシルヴァニアでもこんなに美味しい血を味わったことはなかった。(サント)パルーシアに転校しても……。    それが、樫村しのぶと出会ってすべてが変わった。  だが、思春期病棟へ帰っていくしのぶを見て、すべてが終わったと残念ながら認めざるを得なかった。麻里の学生証には、(サント)パルーシア学園でも珍しい、「Vampire (quarter)」の文字。  長い金髪を雑にアップにし、ピンクの院内服姿の麻里は深い溜息をつく──。
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