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樫村しのぶは消灯時間が過ぎても気分が悪く、ベッドで煩悶していた。
へたに麻里に同情せず、ピリオドを打って正解だったと思う。春日井麻里もしのぶもPTSDで思春期病棟に入院している。
サイドテーブルに置いたスマートフォンを点けるともうかなりの深夜だった。
眠れたら眠れたで、トラウマになった戦闘が蘇る。
とりあえず、こういうときのために、思春期病棟を受け持っている精神保健福祉士の藤沢が開催している〈深夜のお茶会〉はこの時刻まだやっているのだろうか。
しのぶはもう閉会してようがとりあえずベッドから起きてレクリエーション室へ足を運ぶ。
ちょうど〈深夜のお茶会〉が終わったころだった。ごきげんよう、と挨拶をして病室へ帰る患者たちとすれ違う。今夜はもう終わりですよ、と教えてくれる患者もいた。
藤沢さんごきげんよう、樫村しのぶです。レクリエーション室のドアを開ける。
「ごきげんよう、樫村さん」
「眠剤、追加で飲んでも眠れなくて……」
「ここでまったりしていってくださいね」
と藤沢。
「眠っても悪夢を視るだけだし──」
「もし樫村さんが語って気分が晴れるのならまだわたしはここにおります」
「わたしは藤沢さんに話したことはないですが、カルテには書かれているでしょうし、ご存知のはずです」
「捕虜になりかけたことかしら?」
──ええ。
「言葉にして楽になるならぜひお話してください。聞きますから」
それは四年前──。
記憶には焼き付いているものの、その言語化は難しい。しのぶはポツポツとノンレガートで弾く、グレン・グールドの演奏を思い出しながら話しはじめた。
まだ突撃と狙撃の両立がうまくないころ、分隊のパラシュート降下で樫村しのぶだけがうまく風に乗れず、一人だけはぐれてしまい、なおかつ敵兵の捕虜になりかけたことがあった。
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