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わたしがこんなにも悩んでいるというのに桜は素知らぬ顔で悠々としている。恨めしいといったらありゃしない。
「さっさと、散っちゃえ!」
吐き捨てるように言ってから、足早にその場を立ち去った。
家に帰ると、ちょうどお父さんが出かけるところだった。
「どっかいくの?」
わたしの問いにお父さんは、「これから仕事だよ」と答えた。
「今日は泊まり勤務だから、夜は帰らないよ。ちゃんとお母さんの言うこと聞くんだぞ」
わたしは思わず顔を顰めた。
わたしのお父さんは新幹線の運転士をしている。そのため終電や始発を担当するときは会社に泊まることになっているのだ。
そんな話を学校ですると、わたしを馬鹿にしてくる男子たちも「お前の父ちゃん、新幹線動かしてんの!? すげぇー」と興奮気味に身を乗り出してくる。わたしも昔はそれを誇りに思っていたが、今は違う。
なぜなら知ってしまったからだ。お父さんが運転する新幹線の中に『さくら号』があることに。
お父さんが泊まり勤務の日はいつも心細い夜をお母さんと過ごすことになる。そんな夜を迎える度、わたしは思うのである。
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