これが夢であってほしい

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これが夢であってほしい

泣きそうな顔のドミを置いて侍女に応接間まで案内された私は部屋の前で侍女と別れて扉に手を掛けた。 ガチャ 扉を開けると同時に、“何か”が顔の横を通りすぎて行った。 振り返るとそれは一本のナイフ。 部屋の中に誰かがいる。 恐る恐る覗いてみると――― 「お前、誰だ?」 不機嫌そうに私を睨む黒髪に滅紫色(けしむらさき)の瞳の高貴そうな男性。 というより、黒髪に滅紫の瞳の男性って………。 「ヴァイス殿下………?」 突然のことに理解が追い付かなくて質問に答えることが出来なかった。 いたのは第一王子で皇太子であるヴァイス・オルガ・ヒストリア。 名乗らずに自分の名前が呟かれたことで不快そうである。 「分かっているなら名乗れ、顔をよく見せろ。不愉快だ」 そう言われて私は完全に姿を現す。 「シリア公爵の娘のベロニカ・デューク・シリアです。とんだご無礼を致しました。どうかお許しください」 丁寧にカーテシーをして微笑む。 スカートの裾が短くてとてもやりにくい。 「っ!」 すると、顔を逸らされた。 揺れる髪の間から覗く耳は赤く染まっている。 「お前、もっと女としての嗜みってもんがねぇのかよ。脚丸出しだし、中見られんぞ。あと、簡単に触れられる」 そこか。 だけど、なにか別のことを隠しているみたいだ。 「………ノーコメントでお願いします。先程、アインツ殿下に揶揄(からか)われたばかりですので」 そう言うとピクッ、と肩を震わせてこちらを振り向く。 「お前、アインツの客? もしかして、アインツの女か?」 そしてとんでも発言をしてきた。 「アインツ殿下の客であることは否定しませんがパートナーであることは全力で否定させていただきます。呼ばれたのは私の妹であって、私はただの付き添いです」 「そうか。じゃあ別にアインツに特別な感情を抱いてる訳じゃないんだな?」 「いや、抱いてますよ」 「は?」 「いや、その辺の貴族と王族の扱いを一緒にはできませんよ」 「あー、そういう?」 「逆にどんな意味があるんですか?」 「………疎い」 「唐突な悪口ですね」 「異性として“好き”かってことだよ」 「ようはLIKEではなくLOVEか、ということですか?」 「表現の仕方が謎だが間違っていない」 「あ、そんなことは絶対にないので。王族に恋するとか不毛すぎですよ」 「………不本意なんだが。普通、王族前にしてそれ言うか?」 「すみません。あまりにも楽しくて忘れていました」 「おい」 「………恋というものは置いておいて、“友情”というものは身分の垣根を越えてもいいと思うんですよね。個人的にですけど」 私が「ふふっ」と微笑むと、ヴァイス殿下は優しそうに見つめてくる。 「そうだな。お前と話していると楽しい。だから、俺はお前と友人になりたい。でも、年頃の男女がちょくちょく会っていたら、それは世間の目に止まり、やがて恋だ愛だのと騒ぎだし、とんとん拍子で婚約が決まる。相手が王族の場合は、王族を失墜させようとしているのだと疑われる時もある」 そう言って悲しそうに微笑むと、「こっちに来い」と座っているソファの隣をポンポンと叩く。 「………?」 私が不思議に思いながら近くへと歩いていると急に腕を引っ張られ、ぐい、と抱き寄せられる。 「!? …………っ!!」 驚いたのもあるが、ヴァイス殿下の無駄に良い顔が眼前に迫ってきたので恥ずかしくて、声にならない声をあげた。 ストンと膝に座らされて、バックハグの要領で後ろから抱きつかれる。 「男に簡単に近寄ることの危なさを知ろうか」 耳元で囁かれ、身体がゾクッとした。 「ヴァイス、殿下………っ」 「クソ、可愛いかよ」 「かわ………っ!?」 どんどん身体が火照っていく。 顔は真っ赤になっているだろう。 殿下の吐息が首筋にかかってくすぐったいし恥ずかしい。 「あー、だめだ。理性ぶっ壊れる」 そう言ったあと、少し間を空けて呟かれた言葉に私は今まで以上に顔を真っ赤に染めた。 ―――やばい、襲いそう 「ふはっ、可愛いな」 誰が“氷の王子”よ。 誰が“冷酷無慈悲”よ 。 「なあ、俺の女になれよ」 「…………へ?」 「俺の婚約者になれよ」 「でも、あの、殿下の婚約者はどうするつもりで………?」 「婚約者なんていねーけど。てか、お前知らねーの? 俺の婚約者最有力候補、お前だけど」 「え、あの………」 「俺、求婚してんだけど。お前に」 「ぁ………」 ついに会話することもままならなくなってきた。 この求婚が、夢であってほしい………。
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