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02.失敗
『……わらうな』
『へっ……?』
『カナトはまちがってない! おかしいのはオマエだッ!』
『おまっ』
『ナオちゃん!!! もぉ~! ごめんなさいねぇ~』
『うるさいッ!!!』
声を張り上げる。勇ましく威厳を持って。跪いて許しを請え。テレビの中の悪者みたいに。大好きな戦隊ヒーローのテーマソングが流れ出した――のに、ピタリと止んだ。
おばさんが首を傾げた途端に。まるで響いていない。全力で、本気で訴えてるのに。
――間違ってるのは僕の方? おばさんがヒーローで、僕が悪者なの……?
パンクなテーマソングが流れ出す。悪者のものだ。
――ちがう! ちがう! ぼくはヒーローだッ!
内心で必死になって否定する。なのに、背中は重く、喉は干上がっていく。
『どっ、~~っ、どっかいっちゃえ! このすあま――ッ』
視界からおばさんの姿が消えた。地面だ。鉄粉みたいな灰色の砂。先っぽだけが白い緑色の靴が見える。頭の後に重みを感じた。
『ごめんなさい!!!』
母さんの声。忘れ物をした。そんな時に出す声に似ている気がする。
『普段はこんな子じゃ……』
着替えさせられていく。母さんの手で。悪者のコスチュームに。
『~~かあさん! ヤメ――ッ』
かかる力が倍になる。圧し潰されてしまう。そんな危機感すら抱いてしまう程に。何で。どうしてこんなことに。母さんは僕の味方じゃないの?
『~~っ、かあさ――』
『黙って!!』
泣き叫ぶように母さんが言った。愛情は微塵も感じられない。ああ、そうか。この人は母さんじゃない。母さんも双子だったんだ。躍起になって塗り潰していく。母さんへの失望感と憎悪を。大切な思い出を糧にして。
膝に前髪が触れる。石英の煌めきが目にささった。歪む視界。泣くもんか。頼りの意地は乾燥してスカスカになった流木みたいに脆い。砕けて飛び散っていく。もうダメだ。
『っ……!』
不意に腕を引かれた。誰だ。考えるまでもない。圧から解放される。けど、頭は上がらなかった。
『いこ』
母さんとおばさんから離れていく。あいている方の服の袖で涙を拭う。なのに止まらない。拭っても拭っても出てくる。いじわるだ。身体からもバカにされてる。無様だ。惨めだ。本当に情けない。
どうすれば勝てたんだろう。守られずに済んだんだろう。思い返そうとするとノイズが走る。もういやだ。何も考えたくない。赤い色違いのスニーカーに目を置く。
「ふっ、ははっ……」
奏人が笑う。泣かせてしまうよりは。無理矢理に納得しようとしたけどダメだった。結局気が晴れることはなかった。あの日からずっと。14年経った今もなお――。
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