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仕事が終わり、後輩くんが休憩室で声をかけてくる。その両手には缶コーヒーが握られていた。どうやら気を利かせてくれたらしい。
「先輩、今日はありがとうございました。無糖と微糖、どっちがいいですか?」
「ああ、わざわざご丁寧に……それじゃ、微糖をいただこうかな」
「はい」
「ありがとう」
仕事で疲弊した脳に、コーヒーの糖分が染み渡る。甘い飲み物を飲むと、やっぱり小豆洗がくれた水を思い出してしまう。あの水は本当にうまかったな。
しかし、今飲んでもそこまでおいしいと思わないかもしれない。あれはあの宴会の場で、誰かからもらって飲むからこそうまかったのだろう。妖怪たちと騒ぎながら飲んだから、記憶に残るおいしさを感じたのだ。バーで飲むお酒は一段とうまく感じるように。まあ、そんなお洒落な場所に行ったことはないけれど。
「先輩はいつも優しくてバリバリ働いてて、本当に格好いいです」
「よせやいそんなっ」
「お世辞じゃないですって」
かぶりを振ったその時、口から出た言葉に驚く。前までの僕は、絶対こんな言い方をしなかった。うっかり出てきたそれは、間違いなくあの、愉快な化け物共の台詞だった。いつの間にか、それも僕の一部として保存されていたらしい。
そんな僕の心境を知るはずもなく、彼は話題を振る。
「今度、会社の人たちでカラオケに行こうって話なんですけど……もしよかったら、先輩もどうですか?」
そうか、そういえばそんなイベントがあったっけ。僕が新卒の頃は断ったから覚えていなかった。カラオケなんて行ったことないし、歌も何を歌えばいいのか分からなかったから。
少し考えてから、首を縦に振る。
「それじゃあ、行ってみようかな」
「マジですか! 伝えておきますね」
カラオケか。誰かと行ったことなんてないけれど、挑戦してみよう。最近の流行りを調べておかないと。そういえば、あいつらが歌っていた曲は何だろう。歌のことは全然知らないけれど、割と現代っぽい感じだったような気がする。
「ちなみに、僕は音痴だよ」
「またまた~」
「いやいや、ほんと」
そんなやりとりを終え、後輩くんは礼儀正しく頭を下げて去っていった。
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