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残業からの帰り道で、安っぽい豆腐みたいな人間だ、と思った。
趣味はない。彼女もいない。友達もいない。やりたいこともない。休日は何もせず、だらだら過ごしたり昼寝をして一日が終わる。無味無臭の人間、それが僕だった。
毎日朝起きて会社に行って、帰宅すればご飯を食べてさっさと寝る。可もなく不可もない成績を残しては、時々失敗して怒られる。そんな生活をしているうちに、新卒で入社してからもう二年が経っていた。
先週から入社してきた後輩くんは、活力に満ち溢れている。休日も充実しているらしく、時間がなくて仕方ないと言っていた。どうしてみんな、そんなに時間がないのだろう。というより、どうしてそんなにやることがあるのだろう。僕は休日なんて、いくらでも時間を持て余してしまうというのに。
「はあ」
別に嫉妬をしている訳ではない。完全に他人事で、自分には関係のない話だと思う。ただ純粋に不思議なだけだ。世の中の人間というやつらは、何故そこまで面白そうなのだろうか。
もし明日世界が終わりますというニュースが流れても、僕はきっと動揺しない。「へえそうなんだ」と感想をこぼし、そのままベッドに潜り込むだろう。終わりを恐れるのは、失うものがあるからだ。何も持たない僕は、もしかしたらとっくに死んでいるのかもしれない。肉体を持っているだけの幽霊、いや、妖怪のようなものだ。何もせずただそこにいるだけの妖怪。ああ、座敷童の方がまだ可愛げがある。
そんなくだらないことを考えながら、買い物を済ませて夜道を歩く。最近少し目が疲れるから、加熱式のアイマスクを買ったのだ。これで少しは質のいい睡眠をとることができるだろう。眠ることがせめてもの楽しみだ。
「……ん?」
その時、何かの音がどこか遠くから聞こえてきた。これは、誰かの声だろうか。祭りのような大勢の笑い声が遠くから聞こえてくる。しかし春になったばかりだというのに……いや、もしかしたら花見客かもしれない。少し散ったけれどまだ桜は残っているし、夜桜で花見をしている団体か何かだろう。大学生のサークルなら、こんな時間まで騒いだりしていてもおかしくない。
でも、この辺に桜なんてあったっけ?
気になった僕は、声のする方へと向かうことにした。
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