ウソつき男の吐かせかた

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 それまで取り澄ましていた女性だったが、成瀬が食い下がってくるため渋々話し始めた。 「あえて言うなら人間関係です。院長先生は高齢で気難しいんですが、最近それが酷くて働きづらくなったんです」  そして、あとは堰を切ったように喋り続けた。 「こちらに患者さんを奪われて腹の虫がおさまらないんでしょう。町には病院がそこしかなくて、代々からの付き合いもあって仕方なく受診していた患者さんが こちらの先生の噂を聞きつけて流れていったので」 「跡を継ぐ息子さんがいらしたでしょう? 週に一回、来られていたと思いますが」 「週一じゃ少な過ぎます。院長先生が変なライバル意識を持つから やり辛いんですよ。若先生への代替わりは まだ先になりそうです」  知りたくもない隣の医院の内情を聞かされた二人は溜息をつくしかなく、そんな彼らに女性が自己アピールを始める。 「こちらの病院の噂は伺ってます。実は、親戚がこの前受診したんですが、先生のことをとても褒めていました。私も今の所より活気のあるこちらで働きたいので雇っていただけないでしょうか? よろしくお願いします」  深々と頭を下げる女性に二人は顔を見合わせ肩をすくめた。成瀬は苦笑の見本のような表情になっていて、彼と同じ気持ちである松岡も今ここで採・不採用の是非を決められず「結果は後日電話で」ということで引き取ってもらった。  面接が終わり静かになった休憩室で、成瀬がインスタントコーヒーを入れ始める。今日は土曜の午後。これからそれぞれの自宅に戻った後、夕方再び成瀬の家で逢うことになっているが、その前に この重苦しい空気を払拭したかった。  人手不足の診療所としては、現役バリバリの彼女を採用したら即戦力となって助かるだろう。しかし、後ろに控えているものが危う過ぎて二の足を踏んでしまう。  患者を取られて いい気がしない上、看護師まで奪われたとなったら恨まれる。彼女の話だと気難しく、実の息子にもライバル意識を燃やす程だから相当なもの。その言葉をすべて鵜呑みにはできないけれど、事実だけ並べても女性の採用は諍いを起こさない為も避けた方が無難だと考えた松岡は、この時【不採用】を決めた。しかし、成瀬の気持ちはどうだろう? 猫の手も借りたいほど忙しくしている彼なので、どんな事情がある人間でも雇ってほしいと思っているかもしれない――― そう考えた松岡は彼に尋ねてみた。 「面接の人、どう思う?」  すると、流しに持たれながらコーヒーを飲んでいた成瀬は 「職歴や話し方から仕事ができそうな印象はありました。だけど、人としてはどうだろう。面接で前の職場のことをあれほど明け透けに話すんですからね。まあ、そう仕向けたのは僕なんですが」 「〇〇医院と言われてもピンとこなかった。それ、隣の医院のことだったんだ」 「百年以上続く歴史ある病院だそうです。今の院長先生で4代目、祖先は藩医だったと聞いています」 「そりゃプライドも高くなるわな」 「この件は先生にお任せします」 「君の本音を聞きたいな」  すると、成瀬はマグカップをゆっくり回しながら揺れる波紋を見つめたあと 「今回は残念ながら…… ということで。もう二度と求職者が現れないかもしれませんが、彼女を雇うとそれに伴うリスクが高すぎる」 「それを聞いて安心した、僕も同意見だったから。御免ね、君には負担をかけてしまう」 「まあ、何とかなるでしょう。僕たち二人、今まで息の合ったチームプレーをしてきたじゃないですか」  そう言って屈託なく笑う成瀬を抱きしめたい衝動に駆られる松岡だったが『夜までお預け』とグッと堪え、残り少なくなったコーヒーを飲み干した。しかし、その晩、ちょっとしたハプニングが起こったのである。
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