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最近、診療所が混雑している。
病気を抱えた人の数が増えるというのは憂うることだが、病院経営も患者数で左右されるため不謹慎ながら助かった。しかし、やってくる患者の実情を知ってしまった松岡と成瀬は少々困惑していた。
彼らは一様に新患だった。が、村民や里帰りの人間、新たな移住者ではない。受付で出される保険証や問診票を見ると、住所は近隣の村。すなわち、よその人間がわざわざ診察に訪れるようになったのだ。
そして、程なくして理由がわかった。
診察を終えた松岡が「お大事に」と声をかけた際、患者である70才代の男性が席を立つ際こう言ったのである。
「うわさ通りの先生やったなぁ……」
「はい?」と、首を傾げる松岡に、
「分かり易う説明しなさって。自分が何の病気でどういう治療が必要か よぉく理解できました」
「それはよかったです」と、頭を下げた松岡は、患者が出て行ったあと「褒められちゃった」と独り言を言いながらカルテの記載をしたが、そういった患者が日に2~3人やって来たため、成瀬は事情を探ることにした。
隣の村にも診療所はある。ここと違って個人が開業している医院が一軒あり、そこが代々村人たち健康管理を任されているのだが評判は芳しくなく、車で1時間弱の県立病院で専門の医師に診てもらう患者も多くいると聞く。そんな彼らが松岡の噂を聞きつけ『物は試しに』と受診したところ好評で、それが村中に広がった――― そんな理由が裏に隠されていたのだった。
実際、松岡はプライマリー・ケアを行う能力に長けていた。彼は感染症の医師であったが専門外の知識も豊富で、的確な診断と治療を行い、手に負えないとわかるや否や専門医を紹介してスピーディーに対応していた。
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