2人が本棚に入れています
本棚に追加
3月8日 放課後
生徒たちが帰り、卒業式に向けた最終打ち合わせを終えた放課後。俺、朝倉靖は校舎裏にある喫煙所で煙草を吸っていた。
吸いながら、再確認する。自分は間違っている、と。
何に対して思っているのかは自分でも分からない。
今日の生徒に対する態度かもしれない。
打ち合わせの指揮を上手くとれなかったことかもしれない。
それとも、
何年も前に、自分の不貞のせいで妻と離婚してしまったことかもしれない。
妻のことは本気で愛していた。でも、その本気を他の女性にも使ってしまった。そのことを何年も何年も妻に隠しつづけて、嘘をつきつづけて、9年前に離婚した。俺が42歳の時のことだった。
子供はいなかった。でも、幸せな家庭だったと思う。それを壊してしまったのは、ほかでもない自分の嘘が原因だった。
だから、生徒には嘘をつくような人になってほしくないのだ。
だから、毎日本当のことを卵に話すように念を押したのだ。
自分の嘘が原因で、俺は妻という最愛の人物を失ってしまった。
大切な生徒たちには、自分の様な過ちを犯してほしくないから。
「色が出てくる」というのは、あながち嘘ではないのだ。
今日あった出来事を卵に話して、それを再確認する。だれにも再現できない、自分だけが大切に持っていられる今日の出来事。
再確認を毎日繰り返していると、自分がどんな出来事で嬉しくなるのか、悲しくなるのかが次第に分かるようになってくる。10年も繰り返していれば、自分の感情がどんな色になるのかがわかるようになる。自分を愛するためには、自分を理解してあげることが必要だ。
卵から色が出てくるのではない。本当の色は、自分から出てくる。
その色がどんな色になるのかは、俺の知る由もない。
嘘つきだと後ろ指を指されてもいい。色なんて出てこないじゃないかとののしられてもいい。だから、どうか。
俺のように、孤独にならないでほしい。
卵に向かってでも、何かを語り続けることで、たとえ孤独だったとしても、孤独を紛らわしてほしい。
一番大切なはずの自分を、自分の手で孤独にしないでほしい。
明日、生徒はどのように巣立つのだろう。堂々と巣立つのだろうか。恥ずかしそうにしながら巣立つのだろうか。その様子を見るのが楽しみな気もするし、少し怖い気もする。
最後の一本を吸い終えると、朝倉は一人の自宅に向けて歩き出した。
その背中は、孤独を纏っていた。
最初のコメントを投稿しよう!