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3月8日 朝学活
ここ県立西蘭高等学校の3年生240人は、明日で高校を卒業する。就職する者もいれば大学に進学する者もいる。専門学校、短大まで様々だ。240人分の未来が、明日この世に一斉に放たれる。
そんな心躍るような、でもほんの少し不安でさみしいような。そんな日を明日に控えた生徒たち……3年2組の生徒たちが全員顔をそろえた。
8時40分。朝の学活が始まるのと同時に、3年2組の担任である朝倉靖が口を開いた。
「おはよう。知っての通り、みんなは明日ここを巣立っていく。明日を楽しみにしている人もいれば、卒業するのがさみしい人もいるだろうと思う」
そこで朝倉は生徒一人一人の表情をうかがった。真剣に話を聞いている人が大半を占める中、中には興味が無さそうにすましている生徒もいる。
「そこで今日は……先生からとっておきのプレゼントがあるんだ」
プレゼント、という期待の詰まった響きに、生徒たちからわぁっと歓声が上がった。もとより朝倉は、生徒に卒業式前にプレゼントをするような、明るくフレンドリーな先生ではない。どちらかというと冷徹な、ドライなほうである。そんな朝倉がプレゼントだなんて。生徒は皆、とても驚いていた。そんな生徒を尻目に、朝倉は教卓の中からおもむろに何かを取りだした。
出て来たのは、曲線が美しく、白く丸く輝いた球体。完全な球体ではなく、どこかシャープな形をしている。つるんと丸く美しい物体だ。
そして、それの名は。
「……卵?え、先生、それ卵ですよね?」
「そうだ。卵だ。でもただの卵じゃない」
朝倉はにやりと笑った。
「これは……10年間大事にもっていると、自分の「色」が見えてくる卵だ。赤かもしれないし黄色かもしれない。青かもしれない。オレンジかもしれない。それは自分にも、まわりにもわからないだろう」
朝倉はそこで一呼吸置いた。生徒は朝倉の様子をうかがっている。これから何が始まるのだろうと怪訝に思っている生徒もいれば、何をしてくれるのだろうとわくわくしている生徒もいる。
「色が出てくる方法は簡単だ。毎日寝る前に、今日あったことを卵に言って聞かせるだけでいい。それを10年続けるころには、卵がかえって、自分の色が顔を出すと思う。色が出てくる仕組みや、どういう風に色が出てくるのかは、先生からは秘密だ。ただし1つ、これをやると絶対に、色が出てこなくなるというものがある」
朝倉は願う。この話が生徒に響くことを。同時に、
この話のからくりに、気がつく者がいないことを。
「嘘をついてはいけない。今日の話はどれだけ短くてもいい。友達ができた。恋が実った。そんな大きなことから、夕飯の献立とかのさもないことでもいい。なんでもいいけれど、嘘をついてはいけない」
「そのことだけを覚えて、今日は帰ってくれたらいい」
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