0人が本棚に入れています
本棚に追加
「私、今日でアイドル卒業します」
4月1日。世間はエイプリルフールで賑わう。
有名な企業や有名人、アイドルグループなどありえない嘘のオンパレードが絶えない。
それと同時に桜の開花も例年より早いと言われており、桜並木にはたくさんの人と屋台、そして満開の桜で春爛漫の日常。
そんな春を楽しむ日に限って、地下の小さなライブハウス会場でひとりのアイドルがたった今、卒業宣言をした。
それが僕の推し。あんずちゃんだ。
僕は元々アイドルなんて興味ない、興味惹かれるものではない。
なんて思っていたのに、たまたま通りかかったショッピングモールで一生懸命歌って踊っている彼女を見て、一瞬で虜になってしまったのだ。
一生彼女を推す人生を歩めると思っていた矢先。
出会いから1年ほど、僕の人生の幕が終了を告げたのだ。
というか、卒業って嘘だろ?
今日ってエイプリルフールだよな、それの延長戦だよな?
おふざけにしては大概だが、彼女ならありえる。
彼女はイベント好きでお調子者。今回もそういうことだろ。
なんだ、なんだ。
焦る必要なんてないじゃん。
焦り損じゃん。あっぶなー彼女の思惑通りになるところだったぜ。
自分の頭の中で自己解決に導いたと同時に「エイプリルフールにちなんだ嘘じゃないです、本当です」そう真剣なまなざしで彼女は言うのだった。
おいおい。
勘弁してくれよ。
昨日彼女のSNSに対してリプで『明日、エイプリルフールじゃん?どんな嘘つくか決まってるの?(笑)』って送ったのに対し、彼女は『みんながびっくりするような嘘をつきたいな~』なんて返信していたじゃん。
それは今回の前フリってことでじゃん。
エイプリルフールネタとして捉えたくなってしまう。
でも彼女の眼差しには冗談でもおふざけでもない、本気の顔が今回の卒業が本当だということを悟るしかなかった。
最後の特典会。
卒業するんだから、何か話さなきゃいけないはずなのに。
僕は何も話せなかった。
彼女は「最後の日も来てくれてありがとう」
「かずくんがここまで応援してくれたおかげで私、ここまでアイドル続けてこられた」
「本当にありがとう」
そんなたくさんのファンに言っているような言葉に僕は、もう。
なにも響くことはなかった。
*
彼女が卒業して1ヶ月経ったある日。
ネットで大バズリしているのが、彼女と有名俳優の電撃結婚だった。
正直、そこまで驚きはしなかった。
アイドルの卒業は、僕の偏見かもしれないけど、恋愛とか結婚とかのスキャンダルを優先にしたものだと思っていた。
だから、驚きも悲しみもなかった。
むしろ”おめでとう”と素直に祝福ができてしまうほどだった。
そんな僕にただ、ひとつ。
彼女に出会ったことで僕はアイドル好きの人生に変わり、今も推し活を続けている。
前以上に楽しい人生を歩んでいる。オタク仲間も増え、充実している実感がある。
でも彼女以上の存在は見つからない。
いや、到底見つかるはずがないんだよ。
僕を夢中にさせた彼女は、世界でたった一人だけなのだから。
だから、しばらく彼女のいなくなった桜が満開になった日は、好きになれないかもしれない。
彼女以上の存在が現れるまでは。
(了)
最初のコメントを投稿しよう!