少女の時計

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少女の時計

 私達は駅前の大きな時計台の前で、老人と少女として出会った。  小枝のような細腕にはめた華奢な金の腕時計を見つめながら、途方に暮れていた少女は、容易く私の手の中に落ちてきた。  私は少女の瑞々しい黒目がちな瞳を愛し、少女は私の枯れ葉のような心を愛した。互いに相手の瞳に己の姿が映ることに夢中になり、酔いしれた。マンションの最上階の私の部屋からの景色を少女は大層気に入った。朝日も、夕日も、夜景も、共に肩を並べて楽しんだ。  少女の時計の針の速度が私より速いことに気づいたのは、私達が共に暮らし始めて数日経った、ある夕方だった。  海岸沿いを手を繋いであるいていたら、落日の時間を知りたくなり、私は互いの指を絡ませたまま、腕時計をした少女の腕を引き寄せた。  彼女の時計はローマ数字の十二を指していた。慌てて己の腕時計を確認すると五時を指している。見比べて困惑している間に少女の時計は一時を指した。  思わず少女の胸に耳を寄せると、鼓動はまるでネズミのように速かった。私は言葉をみつけられずに少女を見上げた。夕日を背に立つ少女の丸い頬には、産毛が金色の輪郭を作っていた。  少女は少し寂しそうに、「見て、夕日が沈むよ。今日の、夕日が」と言った。私達は、ただ、今この時を共有していた。二人肩を並べて、二度と戻らない今日の太陽を見送り、今日を生きた。
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