黒い琥珀

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黒い琥珀

 裏街で黒い琥珀に出会ったらおしまいだ。  香港の街に潜むマフィアたちの間で、そんな噂がまことしやかに囁かれるようになっていた。  いつから、誰が言い出したのかわからない。  裏切り者が今際の際に放った言葉が元だとも、薬漬けになった者の妄言だとも言われているが、真偽の程は定かではない。  黒い琥珀を見たものは、翌朝死体で見つかるという。  それを裏付けるように、時折、裏街では死体が見つかった。  マフィアの末端の構成員、薬の売人、会社員に警察官。見つかる職業はバラバラ、殺され方もそれぞれ異なった。  ある者は頭を撃ち抜かれ、またある者は首を折られ、毒殺された者や首を真横に裂かれた者もいた。  しかし、黒い琥珀の姿はまだ誰も見たことがなかった。  それがまた、会ったらおしまいということへの信憑性を高めていた。  そうやって何者かもわからないまま、黒い琥珀への畏怖はじわりじわりと裏街に広がっていった。  真夏の夜。香港、九龍エリア。  夜が更けても残る熱気と共に、温い湿気を孕んだ風が肌に絡みつく。  それはざわめきの溢れる大通りを抜けて裏通りに入っても変わらない。むしろ裏通りに入れば、湿度は濃くなったような気さえする。  建物の狭間に見える空は狭く、街の明かりに薄められて星の光も見えない。代わりに、表通りから漏れる眩いネオンがうっすらと闇を照らしていた。  裏通りに観光客の姿はほとんど無く、人通りは疎らだった。深夜ともなれば、この辺りの住人といえどこの界隈を彷徨く者はごく僅か。出歩くのは余程の物好きか、急用がある者くらいだった。  街の浄化は進めど、未だ裏街には澱みのように裏社会が息づいていた。  非合法な薬の売買や売春の斡旋、人事売買など、マフィアによる違法な取引が後を絶たない。  そんな裏通りにある、古びた建物の安宿。長くこの通りに佇む建物は、界隈では売春宿で有名な宿だった。  その中の一室。蛍光灯のちらつく薄暗い部屋。内装はところどころ汚れたり剥がれたりして、湿気を帯びた空気はかび臭い。ヤニで黄色くなった空調がごうごうとうるさく鳴って冷たい風を吐き出している。  年季の入った薄いマットレスの上に、仰向けに横たわる肉付きのいい中年の男と、もう一人。中年男の胸の辺りに跨る若い男の姿があった。  中年男の両手は後ろ手に縛られているのか、体の下に隠れている。口にはタオルを雑に丸めたものを突っ込まれているせいで、先程からくぐもった音がわずかに漏れるばかりだった。  どう見ても、そこに甘い空気は見えない。  下の男はそう言ったものを期待していたのかもしれないが、上にいる若い男はそう言ったつもりは毛頭無かった。  歳は二十歳そこそこ。青年というには華奢な体躯に、少年の面影の残る横顔と薄い唇。肩につくくらいの長さのボブウルフの髪は艶のある漆黒で、ちらりと覗く耳には無数のピアスが煌めく。  黒いキャップに、オーバーサイズの黒Tシャツ、黒のハーフパンツ。首、腕、脚にはレースでも纏っているかのように植物と幾何学模様をモチーフにした刺青がびっしりと彫られている。足元は流行り物のハイカットの黒いスニーカーだった。  ラウンドのサングラスの向こう、気の強そうな琥珀色の双眸には、ターゲットの男の恐怖に歪む顔が映っている。そこに、感情は一切見えない。  手の甲まで刺青の施されたその手にはサイレンサー付きの自動小銃が握られ、銃口は横たわる中年男の額に向けられていた。  青年は、自分の下で怯える彼が何をやったのかは知らない。どういう理由で依頼主の不興を買ってこうなっているのかも興味はなかった。ただ殺せと言われたから殺す。それだけだった。  男が自由の利かない身体で身動ぎする度、マットレスが重たく軋み、タオルに阻まれた声が漏れる。  冷たい銃口が額を小突くたび上がる籠った悲鳴は容易く掻き消え、部屋の外まで届くことはなかった。  男の額に銃口が押しつけられた。冷たいそれが玩具でないことを知っている男の目には、涙が浮かぶ。  引き金に掛かった痩せた指に、力が込められる。  青年は躊躇いなく引き金を引き、破裂音が狭い部屋に響いて消えた。  訪れた静寂に、硝煙の香りに混じって生臭い血の匂いが舞う。  下にいる男の呼吸と脈がなくなったのを確かめて、青年はベッドを降りた。  黒い絹のような髪が揺れる。  青年の名はユーシー。この街で暗躍する殺し屋だった。  午前零時を過ぎても、街は静まる気配を見せない。  目を覚ました夜の街には色とりどりのネオンが煌めいている。ユーシーは人の往来の絶えない大通りを足早に抜け、歓楽街のはずれの古びたマンションに入っていった。  エレベーターで上層階へ向かい、フロアの一番奥のドアの前でユーシーは足を止めた。  備え付けの呼び鈴を押すと、ややあってドアが開く。 「早いな」  切長の冷たい目に短い黒髪の男が出迎えた。涼しげな顔立ちの、神経質そうな男だった。歳は三十前後といったところだった。男はユーシーを招き入れ、奥の部屋へ案内した。  通されたリビングは革張りのソファにローテーブル、他には申し訳程度に観葉植物が置かれた殺風景な部屋だった。  ユーシーは言われるでもなくソファに座りサングラスを外すと、ポケットから弾の減った自動小銃を取り出してテーブルに置く。 「終わった。三〇一号室」  仕事終わりの報告だった。  短髪の男は胸ポケットから取り出したスマートフォンを操作して、またすぐにポケットにしまうと、腕を伸ばして傍のキャビネットを開け、中から茶封筒を二つ取り出した。  仕事の依頼人は彼だった。 「今日の分と、次の分の前金だ」  テーブルの上に封筒が二つ差し出される。 「ありがと」  ユーシーは封筒中身を確認して、ポケットにしまう。 「立て続けで悪いが、次の仕事だ」  続いて写真が一枚差し出される。写っているのは、三十代くらいの痩せた男だ。 「名前はウー・シンファ。体格はお前くらい。この辺りを住処にしてる薬の売人だ。行きつけはシン婆の店で、ここのところほぼ毎日顔出してる。時間は夜九時から十一時。期限は五日。できるか?」  ユーシーは差し出された写真を手に取った。臆病そうな顔の男が写っている。  殺す理由や何をやったかは教えてくれないが、必要な情報は大抵教えてくれる。たまに場所や殺し方まで指定されるが、ユーシーにしてみれば大した問題では無かった。 「うん、大丈夫」  ユーシーが頷く。  行動範囲がある程度決まっているなら、五日有れば遂行は可能だと判断した。 「獲物はいるか?」 「このあたりなら、無しでなんとかする」  受け取った写真をポケットにしまう。  狭い裏路地なら、銃はない方がやりやすかった。  ユーシーの武器は銃器にナイフに体術。ごくたまに薬も使う。 「頼もしいな」  ふと表情を緩めた男は、何か言いたげなユーシーの視線に気付く。 「……なんだ?」 「なあ、ジン、いつものして」  ユーシーの琥珀色の瞳が熱に浮かされたように揺れる。ジンと呼ばれた男は眉をわずかに寄せた。 「お前なぁ、抜いてから来いっていつも言ってるだろうが。また新しいオモチャが必要か?」  受け取った銃の状態を確認して近くのキャビネットにしまうと、ジンはユーシーを一瞥する。  ユーシーは視線を外さない。 「ジンがしてよ」  目を逸らしたジンからは忌々しげな舌打ちが聞こえた。 「来い」  立ち上がったジンに手を引かれ、釣られて立ち上がる。大股で歩くジンに引きずられるようにして、ユーシーはバスルームに連れ込まれた。  ジンは裸足になり、腕捲りをしてユーシーの服を一枚ずつ剥ぎ取っていく。  ユーシーの首から下には、白い肌に黒一色で植物と幾何学模様が描かれていた。  時間をかけて刻んだ刺青は、うねる蔦の図案とそれに絡む幾何学模様が描かれ、レースのように繊細に肌を彩っていた。臍に光る銀色のピアスがアクセントになっている。図案は両腕、腰の下まで続き、果ては手の甲、足の甲まで丁寧に描かれている。  柄の隙間に見える白い肌は、対比のせいもあり透けるような白さだった。  裸になったところでバスタブの中で頭から温かいシャワーを浴びせられ、ジンの手で丁寧に全身を洗われた。  汗と埃で汚れた身体も、硝煙と血の匂いに染まっていた嗅覚までも、石鹸の匂いで洗い流されていく。  ボディソープの泡が全て流れ落ちると、ユーシーは言われるでもなくバスタブの縁に両手をついた。  痩せた臀部をジンに突き出すような格好になる。  ジンは利き手の左中指に指用コンドームをつけた。 「使ってねーのか?」  ユーシーの双丘の間にある窄まりをジンの骨張った指がくるりとなぞった。 「ん、今日は使ってねーよ。準備はしたけど」  標的を誘い出すため、場合によっては身体を使う場合もある。年齢より若くみられがちなユーシーは、整った顔立ちも相俟って若い男子を好む相手には受けがいい。場合によっては女装もする。  気乗りしないが、その方が手っ取り早いこともある。幸い、今回はその必要はなかったが。 「そうか、それなら何よりだ」  ジンの返事は特に興味もなさそうな返事だった。  ひくつく窄まりへ、ジンの指がゆっくりと埋まっていく。 「ん」  ユーシーが思わず声を漏らす。骨張った長い指がゆっくりと根元まで入って、抜けていく。仕込まれたローションが、戦慄く窄まりをてらてらと光らせていた。中を確かめるだけの動き。それだけでユーシーの身体は歓喜してジンの指にしゃぶりついた。  ジンが指からコンドームを外す音がして、ユーシーは頭からバスタオルを被せられた。 「ユーシー、こことベッド、どっちがいい」  バスタオルでユーシーの髪を拭きながら、ジンが聞く。 「ん、ベッド」  タオルの隙間から見上げると、ジンは笑った。  ユーシーがご褒美にねだったのはセックスだった。 いつからか、仕事の後、ユーシーは熱を持て余すようになっていた。はじめのうちは自慰で治めていたものの、それは徐々にエスカレートして、今ではセックスでなければ満足できなくなっていた。  ジンに女をあてがわれたこともあったが、後孔で味わう快感を覚えてからは女相手では物足りず、ひとりで玩具で慰めるか、報告ついでにジンを付き合わせるのがお決まりの流れだった。  ユーシーに自慰を教えたのも、セックスを教えたのもジンだった。教えはしたものの、そのまま自分が相手を続けることになるとは思っていなかったようだが。  ジンは乗り気ではないが、原因となる殺しを依頼している責任からか、余程のことがない限りは相手をしてくれる。  神経質で、いつも気怠げで、文句を言いながらもユーシーに付き合ってくれるジンの、時折見せる嗜虐性が気に入っていた。  リビングの光が漏れる薄暗い寝室。  丁寧に拭き上げられたユーシーはジンに手を引かれてベッドに上がる。  ジンのベッドはいつも綺麗に整えられていて、純白のシーツが皺なく掛かっていた。 「ほら、足開け」  寝そべったユーシーはジンに促されるまま脚を広げた。頭を擡げ震える性器と、物欲しげにひくついてローションを滲ませる後孔がジンの目の前に晒される。  初めは死ぬほど恥ずかしかったが、その先にある快感を知ってからは羞恥心は徐々に薄れていった。  ジンは決して無理矢理しなかったし、なんだかんだ言っても優しく、テクニックもあった。  ジンに対して文句を言うことがあるとするなら、行為が総じて淡白だということ。  恋人ではないからそんなものなのだろうが、事務的な色が濃いのは否めない。本人が言うには性欲は薄い方らしいのでそのせいもあるのだろう。  ジンにとっては、性欲処理としてユーシーに付き合っているという認識だからかもしれない。  そんな文句も、行為が始まってしまえばどうでもよくなる。  ジンは丁寧にユーシーの身体を拓いていく。そんなところもユーシーは好きだった。  骨張った長い指がひくつく窄まりに埋められ、そのまま粘膜を探り中を押し広げていく。  中に注がれたローションが粘着質な音を立てる。  ゆっくりと出し入れしてローションを馴染ませたところで指を抜き、ようやくジンは服を脱ぎ始めた。  スーツの下には、細身だが引き締まった身体が隠されていた。  白い肌に、筋肉の凹凸がつくる影が落ちている。ユーシーはその背に異国の軍神が描かれているのを知っていた。  ジャケットとシャツが床に落ちる乾いた音がして、ユーシーは口に溜まった唾液を飲み込んだ。  ジンがベルトのバックルを外し、前を寛げる。  心臓の鼓動が、身体の中で反響している。  ジンのスラックスと下着が床に落ち、しなやかな筋肉を纏った下肢が曝される。  下生えの下、緩く勃ち上がったジンの性器は、太さはそこそこだが長さがあった。  腹の最奥を突かれる快感は、ジンで覚えた。  結腸の襞をこじ開け、奥の肉壁を突き上げられる濃厚な快感は、何度もユーシーの意識を飛ばした。  ジンが居なければ、ユーシーはこんなにセックスにはまっていなかったかもしれない。それくらいジンと身体を繋げる行為はユーシーを虜にしていた。 「ジン、はやく、ゴム、なくていいから」  ご褒美を目の前にして、焦燥が心臓の裏をちりちりと灼く。逸るユーシーは蕩け切った顔でジンを見上げた。 「お前なぁ」  呆れた声を上げたジンだったが、それに応えるように自身をゆっくりと擦りながら、その先端でユーシーのひくつく窄まりを撫でる。  はっきりと芯を持った熱いそれが触れると、ユーシーははしたなく後孔をひくつかせた。  ジンが先端を押し付けては離すのを繰り返すうちに、鋒から蕾へと銀糸が弧を描いて消えた。  「なあ、はやく」  くるくると窄まりをなぞった後、ジンの鋒が、丸く張りのある先端で窄まりを押し拡げ、ゆっくりとユーシーの腹の中に埋まっていく。 「あ、ぅ」  待ち望んだ快感に、ユーシーは声を震わせた。  歓喜に震える肉洞は時折きゅうきゅうとジンの刀身を締め上げる。  出し入れしながら、ジンはゆっくりと奥へと進んでいく。雁首の段差で前立腺を擦り、奥へと続く窄まりを小突く。  行為中のジンは口数が少なく、ユーシーの方がうるさいくらいだ。時折目が合うくらいであまり喋ろうとしないが、ユーシーはそれが心地良かった。  ジンの下で身体を折り曲げて腰を浮かされ、何度も窄まった肉襞をノックされる。丸く張った先端に優しく叩かれ、ねっとりと捏ねられる。  堪らず腹に力を入れると、甘く吸い付く肉襞をジンの鋒がこじ開け、鋒が最奥に到達する。  奥の肉壁を突かれると、神経を焼き切るような快感とともにユーシーは絶頂へと押し上げられた。  視界に白い火花が散る。  ユーシーは喉を反らして、腹の奥から湧く快感に酔いしれた。これで気を失ったことは何度もあった。  喉が引き攣って碌に声も上げられない状態で、奥を責められるのが好きだった。  ジンの突き上げに合わせて揺れるユーシーの肉茎からはとろとろと白濁が溢れ、胸や腹に散る。  ユーシーの最奥が甘えるようにジンの鋒にしゃぶりつく。  涙で濡れた目で見上げると、吸い付く最奥に堪えるように眉を寄せたジンが見えた。  目が合うと、ジンは少しだけ表情を和らげた。 「気が済んだか?」 「ジン、まだ、いってねーだろ。出してよ」  ユーシーは腹の中に熱い精液を吐き出されるのが好きだった。脈打つ楔から放たれた熱い迸りが熟れた肉壁を打つのを感じると、言いようのない多幸感があった。  どうせ孕む心配のない身体だし、後片付けをすればしんどい思いをしなくて済むことを知ってからは、チャンスさえ有れば中で出させていた。  病気を貰うからとジンに咎められるので知らない相手の時は流石に控えるが、素性の知れたジン相手にはそんな気遣いも要らない。 「お前が自分で片付けすんなら出してやる」 「っ、する、するから、出して」 「っとに、世話の焼ける……」  舌打ちをひとつして、ジンの動きがユーシーを責める動きから射精のための動きに変わる。ジンの自分本位な動きにさえも、ユーシーの身体は快感を拾い上げた。  奥の襞を何度も段差で嬲られ、視界がちかちかと明滅する。その合間に、形の良い眉を寄せて涼しげな目を澱ませたジンが見えて、ユーシーは背を震わせた。 「っあ、ジン」  何度目かの絶頂に、ユーシーの中がきつく締まる。  ジンが息を詰め、最奥まで埋まった刀身が脈動して熱い迸りが最奥の肉壁を打つ。  腹の奥に溢れる熱い白濁を感じ、ユーシーの表情が甘く蕩ける。  力強く脈打つ度に熱を吐き出すジンを、ユーシーの内壁は戦慄ききつく締め上げる。 「あんま、締めんな、バカ」  低く唸るようなジンの悪態も、絶頂の余韻に揺られているユーシーには届いていないようだった。  二人分の荒い呼吸が部屋に響く。  中の収縮も落ち着き放心しているユーシーの中から、吐精を終えたジンが引き抜かれる。 「ンぅ」  排泄に似た快感に、ユーシーは腰を震わせる。中を埋めていた質量がなくなり、後孔は物欲しげに口を開けてひくついた。 「満足したか?」  ジンが身体を引き、芯の無くなった性器を拭きながら、ユーシーを見遣った。 「へへ」  未だ行為の熱の残る身体をシーツの上に横たえ、ユーシーは満足げに蕩けた笑みを返す。  ジンはユーシーの髪をくしゃくしゃと撫でるとベッドを降りた。 「ジン、どこ行くんだよ」 「仕事だよ。すぐ戻るからいい子にしてろよ」  ジンは手早く身なりを整えると、部屋を出て行ってしまった。  鍵の閉まる音がする。どうやら本当に仕事のようだ。 「なんだよ……」  甘ったるいピロートークを望んでいた訳ではないが、終わるなり仕事に戻ってしまったジンに裏切られたような気分だった。  まだ熱の残るベッドに一人残されたユーシーは、倦怠感が残る身体でシーツに残るジンの温もりを探った。波打ったシーツに顔を埋めると、微かにジンの匂いがする。綺麗好きなジンらしい、石鹸の匂いだった。  そうやってぼんやりとシーツを弄ってジンの温もりと匂いを堪能していたユーシーだったが、熱が落ち着き心地よい倦怠感がやってきたところで徐に後孔に手を伸ばした。  ジンが抜けた蕾からは、既にローションとも精液ともつかないものが溢れてきている。  ユーシーはそこへ、二本の指を捩じ込む。先程までジンを受け入れていたそこはユーシーの指を容易く飲み込んだ。 「ん、はぁ」  窄まりを拡げると、ローションの混ざった精液がとろとろと溢れ出し、肌を伝い落ちる。腹の中の熱さが移ったとろみのある液体が這うだけで、肌は快感を拾った。 「う、あ、ジン」  まだ中に残る白濁を掻き出そうと指を動かす。  腹の中に残る残滓は熱く、内壁を指先が掻く度にぞくぞくと背筋を甘い痺れが這う。 「あつ……」  掻き出されたローション混じりの精液がとろりと肌を伝い、その感覚だけで肌が粟立つ。温もりの薄れゆく体液は滑らかな肌を伝い落ちると、シーツに染みをつくった。  埋めるものも残滓もなくなった後孔は時折収縮し、快感を求めて指を食い締める。  一回では満足出来ない貪欲な身体に誘われ、ユーシーは腹側のしこりを押し込む。 「ッア、んく」  身体が跳ねる。  腰を揺らしながら、腹の中で生まれる快感を貪る。  しこりを押し込み、引っ掻き、緩く頭をもたげた性器を扱く。  だらしなく開いた口からは、熱く熟れた吐息が漏れた。  意識は既に、快感を貪ることに集中していた。 「ユーシー」 「んあ」  不意に名前を呼ばれて、ユーシーは呆けた声を上げた。  手が止まる。顔を上げると、部屋の入り口にジンの姿があった。 「ったく、風呂でやれ」  いつ戻ってきたのか、ジンはベッドに腰掛けてユーシーの額を弾く。 「仕事じゃねーの?」 「もう終わった」  ジンは悪びれる様子もなく笑う。心なしか優しい顔をしていて、心臓が甘く震えた。 「……早ぇよ」  バツが悪くて、ユーシーはジンを睨んで悪態をつく。まさか後処理からの自慰を見られるとは思っていなかった。余りの気まずさと恥ずかしさでユーシーは目を逸らす。 「かわいいシャオユーを心配して早く戻ってきてやったんだよ。不満か?」  ジンが笑う。してやった、という顔だった。 「不満じゃねーけど」  明らかに揶揄っているジンの声色に、ユーシーは思わず拗ねた声を上げた。  口では、ジンに勝てない。  ほったらかされたことは頭に来ていたが、早々に戻ってきてくれたのは嬉しかった。 「ほら来い、どろどろじゃねーか」  ジンに抱き起こされると、そのまま抱き上げられ、バスルームに連れて行かれた。  結局バスルームでジンに後処理をしてもらい、一緒にベッドで眠った。  こんな関係ではあるが、ユーシーにとってジンは兄のような存在だった。  勿論血のつながりは無い。それでも、兄弟のような、親子のような、不思議な絆があった。
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