外灯と桜の木

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 十二月の中頃。特別に寒い夜。あの日も外灯が消えていた。マフラーで覆った口元だけが自分の息で暖かかった。  今思えば、俊希の様子がいつもと違っていて、でもその時は気付かなかった。前後の会話はあやふやだった。  記憶に残っているのは、おもむろに立ち止まり振り返った俊希の顔が少し寂し気だった事。頬に手を当てられた事。その手がやけに冷たかった事。  何も言わず、マフラーをずらして、俊希がゆっくりとキスをしてきた。触れるだけの優しいキス。  すぐには理解できないほどの柔らかな行為に、どんな反応を示したのか、絢音は自分でも覚えていない。    俊希は何も言わず、そのまま駅へと歩きだした。理由は聞けなかった。顔が火照っていて、おそらく赤く染まったであろう頬を急いでマフラーで隠した。その後はぽつりぽつりと何気ない話をして別れた。    次の日には、何もなかったようにいつもの俊希に戻っていて、やりようのない気持ちだけがぷかぷかと浮いていた。
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