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そもそも僕が他人の運命に関わっていいのか?
連日の寝不足でふらふらしていたのに、急に気がかりができて覚醒してしまった。
いや、寝不足から逆に落ち着きなさと変な陽気さが出たのかもしれない。立ち上がって靴を履いて外へ出る。
なんとなく川へ向かった。
歩いて行ける範囲に隣の市との境になる川があり、わりと長い橋がかかっている。橋から川まで距離があって流れも速いので、転落した場合、泳ぎに自信がある大人でも岸へ泳ぎつくのは厳しいのではないだろうか。
なので、身近で何かあるとしたら川かなと思った。さすがに人様の家で何か起きてもわからない。
何もなければ何もないでいい。
川への傾斜は背の高い雑草で覆われていたが、一部コンクリが剥き出しになっている箇所があり、僕はゆっくりそこへ降りて腰を下ろした。
水質はさほどではないとはいえ、川面に光球が乗ってきらきらと輝いているさまは、のどかで美しい。
意外と外へ出て正解だったかもしれない。心が安らぐ。
このまま眠れそう……と思った矢先、橋の上に淡いクリーム色のワンピースを着た、いまどき珍しく腰まで黒髪を伸ばした女子が立っていることに気づいた。
ワンピースと思われたものは、お嬢様学校と呼ばれる女子高の制服だった。上着とスカートに分かれておらず、上下一つながりで腰に同色のベルトをしているタイプの制服はこの辺りでは他にないので、すぐにどこの高校かわかる。清蘭高校。校舎は山近くの秘密めいた森を背景にして礼拝堂とともにあるらしい。またボランティア活動に熱心で、他にピアノ教育に力を入れていて定期的に音楽会が催されているという。
休日に制服を着ているのは、ボランティア活動の帰りとかだろうか。
橋の上の女子は欄干に手をかけてじっと川面を見つめている。
絵になる。きれいな子だなと思った。
あの子が川へ飛び込んだりするだろうか。
女子はぐっと身を乗り出したまま動かない。何が見えてるんだろう。
五分ほどそのまま動かないところを見ると、声をかけた方がいいような気がしてきた。
やおら立ち上がって橋へ向かおうとした時、橋の上の女子がこちらを向いた。
彼女は橋の脇のコンクリの上にいる僕から目を逸らさずに歩いてくる。
「どうかされたんですか?」
なぜか逆に僕が問われる。
「いや、どうと言われても……とくに何も。えーと、キミこそ川をずっと見ていたようだけど、何かあったのかな」
苦しい切り返しだ。鼓動が速い。しかし、彼女はほがらかに笑う。
「ただの気分転換の散歩ですよ。橋向こうの市の民ですが、こちらの町は桜並木が有名じゃないですか。なので、花見がてらふらっと寄ることもあるんです。それより、あなたの顔色がだいぶ悪く見えるんですけど、大丈夫ですか?」
「僕? 寝てないくらいかな」
「眠った方がいいですよ」
それはそうだ。僕が黙っていると、彼女がまじまじと僕の顔をのぞき込んでくる。初めて会ったにしては、近すぎないだろうか。近い年頃にせよ、僕のような胡乱な者にはもっと警戒した方がいいと思う。
「あの、何か?」
「私、あなたのこと知ってます」
おかしなことを言う。
「まさか。僕は有名人でもないし」
「知ってるのは本当です。ヘッドフォンを首にかけてるから特徴もありますし。すごく印象に残っていて……たまたま桜の前であなたを見かけてからずっと気になってたんです。あなた、桜に向かって『やかましい!』と叫んでましたよね」
「聞いてたの?」
どっと汗が出る。どんな顔をすればいいかわからない。
たしかに言った記憶があった。まさか見られているとは……というか、桜に向かって叫んでいるような危ない人間にはなおさら近づいてはいけないと思う。
「それと、『だから桜は嫌いなんだ』って言ってましたよね」
「あ、うん」
妙な迫力があってつい素直に認めてしまった。
「それはなぜですか?」
整った顔をぐっと寄せられる。
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