密約

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密約

相馬家の五男吾朗は、 その日、 藩の重臣富樫の屋敷を訪れていた。 ふたりは人を遠ざけ、話していた。 「よろしゅうございましょう。 “その時”は茜を差し上げまする。 私も実は、そう願っておりました。 茜は気位が高うございます。 城主夫人にこそ、ふさわしい。 わが一族の繁栄のために 働いてくれましょう。 若君様には、 次女の芙蓉をと考えております。」 「あはは…、用意周到でござるな。 どうやら、 私は貴殿の罠に まんまとかかったらしい…。」 「罠などと…お人が悪い。」 芙蓉の父、富樫は、 そういうと高笑いをした。 こうして、我らは、 手を組み時を待った。 一之丞は、 側女とした芙蓉のお陰か 以前より健やかに過ごしているという… いつまで待たせる気だ。 待つのが嫌なら、 こちらから行動あるのみ… 藩主の座も、茜も、 私のために用意されたもの… 一之丞はそれを横から掠め取っていったのだ。 奪い返してやる… …それが、 当然のことのように思われた。 それが… まさか… あんなところで齟齬が起きるとは… あんな小娘が、 己の危険も顧みずに あやつのために命を投げ出すとは… 天然痘と思われた発熱でさえ、 一之丞は生き延びた… なぜだ… 天が味方していたのは、 私ではなかったのか? 私は、 いつ解けるとも分からぬ 蟄居の沙汰で、 当に(まさに)籠の中の鳥…。 そして茜まで… 藩主夫人として、 江戸屋敷に住まい正室として 輝くはずのあなたが… …それだけが、無念だ… この無念… いつか、必ず晴らしてくれよう…
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