白い花

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白い花

おひさまと 雨の雫と それだけで    満ち足りている あなたの強さ 芙蓉が池に落ち 亡くなって数ヶ月 何もなかったかのように 過ぎていく日々 もう、 あの者の話をする者も いなくなった… 雨上がりの午後。 城内の庭を 何ということもなく そぞろ歩いていた。 供の者も 遠慮しているのか 少し離れた場所に控えていた。 ふと、 小さな白い花をつけている草に 目がいった。 色とりどりの牡丹のように 鮮やかでもなく 華やかでもない、 質素に慎ましく咲く 白い花。 雨の雫を 葉の上に小さく丸く乗せて、 それが日の光を受けて きらきらと光っている。 我勝ちに自己主張するでもなく、 それでいて 凛とした強さを感じさせる。 まるで… 芙蓉のようだな… 女は守られて生きるものだと… そう思い込んでいた… ただ、守られて、 子を産む 家にいる時は父に従い 嫁しては夫に従い 老いては子に従う… しかし、 むしろ守られたのは、 私であり 実家の父や家族たち… そして、 私を除こうと企て、 己の欲を満たそうとした者たち 彼らの行いを暴き 罰を下すことはできた。 だが、そのことにより 藩内で争いが起こり 幕府に目をつけられ 殿や私が窮地に陥ることを それを芙蓉は恐れ 全ての罪を一身に受けて 皆を守ったのだ。 それなのに、 誰一人 彼女を偲ぶ訳でもなく 感謝もなく… かの者を、 哀れと思っていた。 だが、むしろ…、 芙蓉を失い 生きる気力を失っているのは、 私自身ではないか… 藩と領民を守るため… 嫡男としての責務… わかっている。 わかっていても、 心が承知しない… なぜ… 芙蓉は命を落とさなければ ならなかったのだ… 私の元に来なければ 家臣の家に嫁いでいれば 慎ましくも 穏やかに暮らせたであろうに 子を産み、育て 幸せな人生を 送ることができたであろうに 私は… 哀しみと 苦しみだけしか あの者に与えられなかった 芙蓉の 愛くるしい瞳を思い出す もっと、 愛しんでやりたかった 身体の一部が 抜け落ちたように 隙間風が通り過ぎる。 たった一人の 女子(おなご)も 幸せに出来ぬ私が 領民を幸せに 出来るのだろうか? 私はなぜ 何をするために この世に生まれてきたのだろうか 〔若君様、元気をお出し下さいませ。 草花はお日様と水があれば、 綺麗に咲くではありませんか。 誰に褒められなくても 一生懸命咲くではありませんか。 芙蓉は、 若様の笑顔がとても好きでした。 若様は、いつも笑って居て下さい。 そうすれば、皆は元気になります。 若様は、お日様なのですから。〕 風が吹いて、 芙蓉の声が聞こえた気がした。 芙蓉よ、 私を慰めに来てくれたのだね。 ありがとう。 あの花を 絵に描いておくことにしよう。 そなただと思って 部屋に飾るのだ。 そなたに助けられた この命 無駄にせず 精一杯生きねばならないな。
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