1人が本棚に入れています
本棚に追加
郵便局がある通りを右に曲がると、人通りの少ない路地に出る。
その路地の先に、小さな公園があるのだ。錆びた赤いブランコと塗装の剥げたシーソー、前後に揺れる小さな水色の木馬。たったそれだけの公園。
今日は、好きな人と初めてのデートでその公園が待ち合わせ場所だった。
吉村美沙希は、商社OL3年目の恋活女子25歳である。
「良い男と出会いたい」と、ここ1年ちょっとは、ずっと同僚と月2でパンケーキを食べながら話していた。
パンケーキは太るということで、オーガニックやローカーボのパンケーキ屋を探してみさえもした。
同じ部署で、パンケーキ屋に詳しい女といえば吉村と言われる程になった。
そんな風で、いい男を捕まえることとパンケーキへの熱意は人一倍である。
今日、会うのは経理部でかなりイケメンと言われ社内の女子に騒がれている篠原諒弥。
美沙希とは、ゲームやスキーの趣味が合って最近、良い感じである。少なくとも、美沙希自身はそう思っている。
プライベートで二人きりで会うのは、今回が初めてだ。
美沙希は気合いを入れて、タイトな黒のミニワンピに大人可愛いデザインのアウターを羽織って、新品のハイヒールまで合わせてきた。胸元には、スワロフスキーのネックレスが光っている。
彼が好きそうな女性のファッションをSNSや周辺の男性への聞き取り調査などで調べあげ研究し尽くし一生懸命、選んだのだ。
予定より、15分も早く駅に着いた。「諒弥君に早く、会いたいな」「ちゃんと、来てくれるかな」ということで頭はいっぱいだった。
今朝、送ったチャットにスタンプで返信が来ている。かわいらしい白のトイプードルが「了解」と、言っている。
美沙希は、公園に着いたらまた即スマホをチェックしたいという気持ちになった。
郵便局を通り過ぎ、あの人通りの少ない路地に出たところで、事件は
起きてはならない。何がなんでも。
背後に良くない気配を感じた瞬間、一瞬にして美沙希の中にある全女性性、恋愛や愛欲に関する全細胞、魂とも呼び得る何かが目を覚まし沸き立った。
最初のコメントを投稿しよう!