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 両親からの言葉をぽつぽつとお姉さまに伝えていると、ぎゅっと強く抱きしめられました。 「ごめんなさいね。わたくしは、両親からの愛情なんてとっくの昔に必要としていなかったから、あなたの渇きに気付いてあげられなかったのね」 「そんな。お姉さまは、私を誰よりも愛してくださいました」  留守がちな両親ですが、その実態はそれぞれ愛人の元に出かけているのです。それほどまでにお互いに関心がないのであれば、いっそ終わりにしてしまえばよいのに。メンツの問題か、それとも政治的な問題か、頑なに両親は離婚を拒み続けています。 「それでも足りなかったのよ。本当なら、両家の祖父母、両親から当たり前のようにもらえるはずの愛情をもらえなかったんだもの」 「それはお姉さまも同じことで」 「でもわたくしは、代わりに商売を始めたわ。たくさんのひとに感謝されたり、売り上げを伸ばしたり……。わたくしが数字にこだわっているのも、きっとあなたと同じ理由よ」  学園に在籍している頃から商会を立ち上げたお姉さまのことを思い出し、首を傾げました。いつも笑顔で影なんて持っていないように見えるお姉さまに、承認欲求なんて存在したのでしょうか。 「そうでしょうか」 「そうよ。それにね、同じ兄弟姉妹でも心の中に持っている器の大きさは違うものなの。わたくしの器はきっとグラス程度、でもあなたは海くらい広いのかもしれないわ。だから私の愛情程度では満たされなかったのかもしれない」 「器がひび割れていないだけ良かったのかもしれませんね」  姉妹そろって顔を見合わせれば、お姉さまが吹き出していました。ここでかねてからの疑問をぶつけてみることにしました。 「お父さまとお母さまは、どうしてあんなに仲が悪いのでしょうか」  ずっと聞きたかったけれど、聞けなかったこと。私の質問にお姉さまが、ため息をひとつもらしました。 「幼少期に婚約を結ぶことが一般的でなくなったのは、お父さまとお母さまの時代に揉め事があったからなのよ」 「揉め事?」 「とても可愛らしい、けれどご実家の爵位が低いご令嬢がいてね。王立学園のたくさんの男性が夢中になったそうよ。男子生徒だけでなく、男性教諭までも。その過程でたくさんの女性が婚約を破棄されたと聞いたわ」 「そんな簡単に婚約が破棄されるものなのですか」  まるで物語のような話に、思わず声を荒らげてしまいました。確かに婚約破棄が頻発したということは聞いていましたが、たったひとりのご令嬢をめぐってのことだったなんて。 「もちろん無理よ。政治的な配慮も無視しての婚約破棄だもの、各派閥もめちゃくちゃになってあわや内乱という状況だったらしいわ。今でも界隈で語り草になっているみたいだから、よっぽどひどかったのでしょう」 「それに対して、陛下が英断を下されたと」 「そうするより他に仕方がなかったでしょうね。当時の王太子殿下は廃嫡され、例のご令嬢は修道院に入ることになったそうだけれど、実際はどうなったものやら」  それでも事態を収拾できたことが奇跡のような気がします。ご令嬢は、この国の破滅を目論む他国からの間者だったのでしょうか。
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