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「それで実家に逃げ帰ったあげくべそをかいているのね。まったく困った子だわ」 「お姉さま、そんなことをおっしゃらないで。私、泣いてしまいます」 「もう泣いているじゃない。おめめが真っ赤よ」  実家に帰ると、お姉さまが出迎えてくれました。新婚だというのに、私のことを気にかけてくれているのです。実の両親は残念ながら留守がちなのですが、お姉さまは両親のぶんまで私に愛情を注いでくれます。 「相手は婚約をしているどころか、好きなひとに気持ちも伝えていないというじゃない。恥知らずとか無用の心配よ。いっそその場で告白して、当たって砕けてくればよかったのに」 「当たって砕けたら、もう立ち直れません」 「長期休暇の間に、わたくしが糊でくっつけといてあげるわ」  ころころと笑うお姉さまは、儚げ美人な雰囲気とは裏腹にとても行動力に富んだ女性です。両親の反対を押し切り、愛する方との結婚を勝ち取るくらいですからね。 「お姉さまは、結婚してもお姉さまね。いつも生き生きとしていて、なんだか眩しくなってしまいます」 「あら、ヘーゼルったら。そうね、あなたもとても素敵なレディになったじゃない。可愛い妹が恋を知ったというのなら、お姉さま直伝の必勝法を教えてあげるわ」  ぱちりとウインクをしてくるその笑顔が魅力的で、思わず赤面してしまいました。  私が生まれた国は、王族や高位貴族たちによる婚約破棄が頻発した結果、幼い頃に婚約者を定めることをよしとしなくなりました。時代の転換点とでも言うのでしょうか。私の両親の時代と私の時代では、ほぼ別の国と言っても過言ではないくらい恋愛観が変わってしまったのです。  もちろん家格の釣り合いなどを考えなければなりませんので、令嬢や令息の好き嫌いだけが優先されるわけではありません。それでも女性は親に従うだけと言われていた時代に比べれば、大きな進歩と言えるでしょう。 「お姉さまはこの方針転換に随分助けられたのですよね」 「ええ、ちょうどよかったのでさっさと結婚してやったわ」 「もしもこの流れがなかったらどうなさっていたのですか?」 「そうねえ、駆け落ちでもしていたかしら」  悪そうに微笑んで見せるお姉さまに、つい吹き出してしまいました。 「もう冗談はやめてください」 「あら冗談じゃなくってよ。それにわたくし、落ちぶれて貧しい平民暮らしをするつもりはさらさらないもの。侯爵家の商会は、もともとわたくしが屋台骨。結婚を許可してもらえないなら、商会の権利と職人を引き抜いて出ていっていたわ。日々、目を光らせているのよ」
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