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プリンを食べ終えた後、善は急げとばかりに部屋の中でダヴィさまへの手紙を書いていると来客の知らせを受けました。事前の連絡もなしにいらっしゃるなんて、一体どういうことでしょう。もしかしたら、お姉さまには先触れがあったのでしょうか。
「お嬢さま、まさかそのまま出られるおつもりですか!」
「一応、人前に出ても問題のない服装ですもの」
「ドレスの問題ではありません! お鏡をご覧になってくださいませ!」
泣き続けて酷い顔になっているようですね。氷で冷やしておくべきだったでしょうか。
「結構よ。だってお姉さまにも、客人を待たせることなく速やかに対応するようにと言われたのでしょう? 万が一この顔が失礼になるようならば、お待たせしてでも身なりを整えるように指示があったはず。ならば問題ありません」
ここまで急いで来るようにということであれば、きっとお父さまが手配したお見合いの相手なのでしょう。恋愛結婚が推奨されるようになったとはいえ、ちょうどいい家格の相手を探し出し、周囲がお膳立てすることは禁止されていませんからね。
きちんと告白して失恋しなければ、次の恋など考えられそうにありません。ダヴィさま以外の男性と会うために、身支度を整える気力だって湧かないのです。いっそ相手からお断りしてもらうためにも、今の私の顔はちょうどいいでしょう。
しどろもどろになるメイドを連れて応接室に向かうと、なんとそこにいらっしゃったのはダヴィさまではありませんか。おろおろする私と、そんな私を見て目を丸くするダヴィさま。私の代わりにダヴィさまのお相手をしていたお姉さまが、私たちの様子にころころと笑い声をあげています。
「ど、どうしてこちらに?」
「君に伝えたいことがあって」
そう言いながら、私の方を見ながらとても言いづらそうな顔をしていらっしゃいます。
「ところで、ヘーゼル。君は、一体どうしたんだい。もしかして両目を蚊に刺されたのだろうか」
「……違います、あの、これは……」
いくら実る当てのない恋だとはいえ、好きなひとに両目がぱんぱんに腫れた顔なんて見られたくありません。真っ赤になって俯いていると、姉が私の代わりに返事をしてくれました。
「身支度ができない妹で申し訳ありません。実は妹は先ほどまで、好きになってはいけないひとを好きになってしまった、しかも絶交まで告げてしまってもうおしまいだとわんわん泣き喚いておりましたのよ」
「ちょっと、お姉さま!」
「いつまでたっても幼げな様子で心配していたのですが、あなたさまのような素敵な殿方であれば安心でございます。大切な妹のこと、どうぞよろしくお願いいたします」
「何をおっしゃっているのです!」
「では、あとは若いおふたりでごゆっくり」
そして私とダヴィさまを残し、出て行ってしまいました。ダヴィさまの前で私の秘密を暴露したあげく、変な誤解をして立ち去るなんてあんまりです。私の相談を、お姉さまは理解してくださっていなかったのかしら。
「それは、もしかして僕のことだと自惚れてもよいのだろうか」
ダヴィさままで何をおっしゃるのやら。これは聞かなかったふりをするところではないでしょうか。思わず涙目になりながら彼を睨めば、なぜか嬉しそうに微笑まれました。
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