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昼間 5
「みさきに対して、ぼんやりとした憧れと嫉妬心みたいなの、わたしは確かにもってたと思う。だって、彼女は賢くてきれいで、おどおどしたところなんてまるでなくて、どこか人と違って個性もあって、羨ましくなるくらい魅力的だった。不思議なくらいどこか大人びてて、今のわたしでもどこか気後れしそうなくらい。近づきたいっていうポジティブな気持ちと、妬ましいに近いようなどこか粗探しでもしたくなるようなネガティブな気持ち、そのどちらも彼女に対して抱いてた気がする。皮肉だなって思うのが、わたしたちに、公平さや平等であることの素晴らしさを教えてくれる場であったはずの学校が、わたしたちに最も、不公平な現実、理不尽なリアルを見せつけてくれる場だったんだよね。学校にいる間中、いえ帰ってからも、それを突きつけられていた気がする。苦しみもあったけど段々それがリアルだって知って、心を麻痺させて少しずつその現実に慣れていった。学校生活ってそういう人を鍛える場でもあった。人との違いや差をまざまざと感じて、自分がそんなにいいものでも特別なものでもないって痛いほど知って、それなりに傷ついて痛みも感じて。あそこはとにかくそんな場だった。それが悪いって言ってるんじゃないの、だってそれが現実社会だものね。家庭っていう小さな社会から飛び出していくと、そういう序列とか格差、そして自分の立ち位置を知ることは必要なことだってことはわからなくはない。その中で、輝いてみえる子に惹かれたり羨んだり、一緒にいるだけで得意な気持ちになれたり。みんなそういう経験してるんじゃないのかな。わたしだけじゃないと思うな。わたしにとってはそういう格差の象徴が彼女だったと思うの。眩しくて、どこか苦しい、みたいな。でも、その痛みって、結局、不平等があるという事実への痛みでも義憤でもなくて、そして自分の立ち位置がどこにあったかってことじゃなくて、自分がそっちにいないっていう事実への痛みなのよね。他者の中で優越感を抱ける立ち位置にいたかったっていうのは本音としてはあったと思う。言い訳してもきっとそう。でも、だから言い訳だけどんどんうまくなっていく。そこで競う気はなかったとか、そもそもそんな価値観興味ないとか。でも、それはそれでいいと思う。自分がより傷つかない解釈は自分を守ることだし。いろんなことに鈍感だったり巧妙にすりかえたりずらしたりして、生々しい傷から自分を守っていいと思う。だけど、自分の感じてる鬱屈の原因や、求めていることは、平等じゃないことではないのだから、問題はこの不公平さにあるんだって思わないでいないとね。不公平な現実がわたしを傷つけたとしても、求めていることは公平さじゃないってこと。大事な大事な自分が、そっちじゃないってことがこの痛みの元なんだってことを見過ごしちゃだめだと思うの。なんか辛いなっていうこの感情の根底には正義が果たされてないことじゃなくて、自分の居場所に納得できなくてうまく気持ちの収拾がつけられない自分の欲深さがある気がする。反抗期ってよく親との関係が取りざたされるけど本当はそこじゃないんのよね。自分の立ち位置が見えたこと、そしてその立ち位置への苛立ちがほとんどなはず」
そう言って、恥ずかしい話をしたとでも思っているかのように、彼女はしばらく目を伏せた。
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