午前 1

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午前 1

「ここのドリンクバーは品揃えがちょっといまいちなんだよね」 彼女はファミレスのドリンクバーから戻ってくると言った。手には毒々しいほどエメラルドグリーンの飲み物。とても人間が飲んでいいとは思えないような色。 「でも、メロンソーダとか、この手のドリンクは懐かしくてたまに飲みたくなる。注文するのはなんだか恥ずかしいから、こういうところでは、つい。でも飲んでるとちょっと後悔するの。思い出ほど美味しいものじゃなくて。でもたまには懐かしがるのもありでしょ?」 そう言って微笑む。目尻をぐっとさげるあのひきつけられずにはいられない表情は昔のまま。毒々しいまでのドリンクを一口啜り、先程の話題にまた立ち戻る。 「あれは、罰ゲームだったのよ。まさに罰ゲーム。信じられる?わたしははっきり言ったの。遠慮させてくださいって。知り合いを通じて連絡をいただいたから、できうるかぎりはっきり断った。それでも彼女が顔を、しかもいきなりよ?これも信じられる?いきなり顔を見せた時の驚きというか絶望というか、怒りというか、あの時の感情を思い出すと今でも心の中が泡立つの。ぐつぐつとね」 そう言いつつも彼女は妙に楽しそうだ。どこかハイテンションのまま続ける。 「いきなり扉を開けて、そうね。確かにノックはしたかもしれない。でもノックしたかどうかなんてどうでもいいしノックをしたことが彼女の微かに残ってた慎みなんて言うつもりは毛頭ないんだけど、とにかくわたしからしてみればいきなり扉が開いたの。そもそもなんと言って病室の番号を聞き出したのかしら、わたしは教えないように病院にお願いしていたのに誰が教えたのかしら。そのことを考えていると怒りで眠れなくなって真剣に想像してみたの。で、彼女があの病院の病室を一つ一つ勝手に開けていく姿を思い浮かべてしまって吐きそうになったわ。それほど醜悪なものって想像つかないじゃない。だって、どう好意的にみても善意ではないから。善意ではなくそんなことを思いついてしかも実行に移すなんて一種の狂気でしょ。その狂気を思い浮かべると、怒りに萎えてしまって少し寒気さえするの。ぞくっとするくらいに。確かに、一つ一つの病室を順に突撃してわたしを探したっていうのは想像でしかないわ。しかも多分違う。誰かが教えたのよ。誰かについては自信がないのと、これを考えると自分が傷つきそうだから考えないようにしてるの。だからグロテスクな病室突撃コースのほうがいい。こちらは誰も傷つかないもの。せいぜい彼女の名誉くらいだけど、さすがに今のわたしには彼女の名誉に義理立てしてやるだけの憐憫の感情は残ってないの」
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