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午前 4
彼女は大げさに顔をしかめる。空になった細かい傷だらけのプラスティックのグラスを手持ち無沙汰を埋めるように軽く揺らしながらドリンクバーのほうを眺め、賑やかな子どもたちで混んでいるのを見て、少しだけ頬をゆるめる。束の間の沈黙。
「とにかく言いたいことを全部言って満足したっていう様子で彼女は帰っていったわ。恩まで着せられたのよ?招いたわけでもないのに。御見舞いに来てもらって申し訳ないとかそんなことは思わなくてもいいからとかなんとか言われて、唖然とした顔になりそうになってさすがにそれは慎みがないからやめろって自分で自分を心の中で叱りつけないといけなかったくらいよ。それで彼女が帰って思ったの。彼女のお見舞いでこんな苦行を体験したんだから、もう誰のお見舞も怖くないんじゃないかしらって。というか、最初で最後のお見舞が彼女なのはゴメンだわって思ったの。単純に彼女の悪夢を忘れたかったっていうのもある。たくさんのお見舞いで薄めようと思ったのよ、だってどんな御見舞いだって彼女のよりはましだもの。悪趣味だって笑ってもらってかまわないわよ。だから方針をかえて、連絡をくれた人から行きたいって言われたら素直に受け入れようと決心したわ。そしてその決意はまあ正直にいってかなりの失敗だったんじゃないかと疑ってるの。いいことは一つはあるわ。話のネタになるんですもの。こうやってあなたにたくさん話せるでしょ。本当におかしな話だらけなのよ?」
なんて悪趣味な、と内心思う。自ら苦行を招きいれるなんて。そう思いつつ、でも、彼女に惹きつけられている。彼女が語る時に目まぐるしく動くリズミカルなその口元をいつまでも見ていたい、聞いていたい。
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