昼間 1

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昼間 1

「それでね。」 そう言ったところで、彼女は照れくさそうに言いよどんでみせる。 「この話はちょっと照れくさいというか恥ずかしいな、でも、言ってもいい?話したいの。なんというか、すごく印象深かったから。それに、その後も結構いろいろ考えさせられちゃったし」 いいよと答える。勿論、と。そして、彼女は話し始める。 「井上くんからいきなり連絡があったの。わたし、ずっと連絡先変えてないから、だからなんだと思うんだけど。入院してることは知らなかったみたいで、こっちに戻ってくる用があるから会えないかなってただそれだけのつもりだったみたい。わたしも、ほら、前に話したお見舞客のあれこれでもやもやしてたから、来るもの拒まずの心境でね、もし病院でも良ければどうぞって言ったら来るっていうのよ」 「まさかね。そこまで親しかったわけでもないし、正直どうしてって思ったわ。どうしてって思うくらいなら、どうぞなんて言っては駄目なのよね。そうね、確かにそうなんだけど、染み付いた習性なんじゃないのかしら。流れ的にどうぞって言わない選択肢はわたしにはなかったんだもの。というか、どうぞって言ったらきっと彼はお見舞いなんてやっぱりって遠慮するだろうと思いこんでたのよね。そんなことになるっていう覚悟はできてないままに言っちゃったの。だから、彼が来るっていう日は憂鬱だったわ。ほとんど他人だし親しくもない上に本当に何年ぶりって感じなのよ?憂鬱に見せてはいけないというのもまたプレッシャーだったの。そもそも何しに来るのか全く見えなかったというのもある。いろいろ考えすぎちゃってそれだけで疲れたわ」 苦笑しながら彼女はぽってりした白のコーヒーカップを持ち上げる。ほとんどカフェオレというくらいミルクを入れたコーヒー。彼女はミルクピッチャーをいつも空にする、連れがミルクを入れて飲む人以外の時は。だから、今日は空。 「ちゃんと時間通りに彼は来たの。花瓶の必要ないフラワーアレンジメントを持ってきてくれて、それがまた結構趣味がよくて、意外だったわ。で、病室もなんだからって、あの病院の喫茶コーナーに行ったの。あそこはコーヒーだけはわりと美味しかったでしょ。ここと違ってね」 そう言って彼女はわたしに目配せをしてみせた。
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