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昼間 2
「それでよくある通り一遍の話題をしたの。病状がどうとかこうとか、自分の親族も同じ病気だったけどどうとかこうとか。あとはお互いの近況報告。それと共通の知人とか先生の近況と噂話。それくらいしか話題がないじゃない。だから30分くらいしたら話題が尽きたのよ、わたし的にはね。何も話題もないまま二人とも沈黙してしまって、取っ掛かりがあればなんとしてでも何か引っ張り出そうにも話題がなかった。気まずいのなんのって。だから、なんで彼がコーヒーのおかわりしてまで話したがっているのかがまるで見えなかったの」
「そしたら急に、10年以上も前の夏の話をはじめたの。高校を出てすぐの夏休みの話。そう、忘れてたんだけど確かにわたし、彼と海に行ったのよ、なぜか。前に言ったわよね?言ったはずなのに、覚えてないのね。嫌だわ、笑わないでよ。そういう時期もあったの。といっても彼とつきあってたわけじゃないわ。全然違う。わたしは人数合わせだったと思う。藤野みさきに誘われたのよ。電話がかかってきて。不思議なことにみさきともそんなに仲良かったつもりもないの。どうしてわたしを誘ったのかよくわからない。彼女には彼女の取り巻き?仲がいい子たちがいたでしょ。華やかな人だったから。その電話がかかってきた時のことは今でも鮮明に覚えてるんだけど、急な話にびっくりしながらもなんとか断りたくて、適当な言葉を必死で見繕ってたの。でもね、相槌うちながら頭の中の違うコーナーで断り文句を探すってなかなか難しい作業なのよ。気が利いた言葉なんてまるで思い浮かばなくてとんでもないおかしな断り文句しか思い浮かばないものだから軽くパニックになっちゃって、その場を取り繕うには、わー誘ってくれてありがとう、とっても嬉しいわ、勿論行くわと言うしかなかったの。それがその時思いつくことができた一番ましな言葉だったから。だから電話を切った時の絶望感といったらなかったわ。たいして親しくもないみさきと、これまたたいして親しくもない井上くん、松田くんと海に行くなんて、ねえ。わたしには荷が重すぎたわ。振り返ってみても、わたしって昔から全然成長してなくて同じことばかり繰り返してるのね、笑えるわ。実はね、わたしの中であの日の海のことはちゃんと覚えてたの。でも、申し訳ないけどあの時の男子が井上くんだったっていうのは言われるまでまるっきり抜け落ちてたのよね。よく考えるとなかなかに失礼な話ではあるんだけど」
「彼らはきっとみさきを好きだったんじゃないかと思う。好きっていうよりのぼせてたというか。だってわたしの知る限りほとんどの男子は彼女のことを好きだったんじゃないかしら。なんだか特別な存在だったものね、覚えてるでしょ?彼女はとっても綺麗だったけど綺麗だからというのは理由じゃなくて、キラキラしてた。本当は、同性のほうがもっと彼女の魅力がわかってたと思う。だから惹きつけられる子たちと気後れしてしまう子たちにわかれてしまっていた感じだった。わたしは後者だったと思う。でも自信はないな、前者だったのかもしれない。おかしいかもしれないけどわたしにとっては、男の子二人と出かけるってことよりもみさきに誘われたってことのほうが重大事だった。だから井上くんと松田くんと一緒だったって記憶がすっかり抜け落ちてるし、あの日のことを井上くんにあれこれ語られても、わたしとは全く覚えていることが違ってた。同じ日を二人で思い出して語っているのに、それは全く別の日としか思えないくらい印象も食い違ってたのよ、不思議なくらいに」
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