僕はヒロインから監督に選ばれない

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僕はヒロインから監督に選ばれない

「うーん。やっぱりこの角度じゃないな」  美術館の鉄柵にもたれ、街路樹の葉で覆われた歩道をフレームに収めながら僕は今日何度目かのため息をついた。  学園祭も終わりぐっと秋めいた街の風景は、色調を編集せずとも物憂げな雰囲気がたっぷりで本来なら想像意欲を掻きたてられるところだ。  だがそんな風景を動画に収めながら――僕は、憂鬱だった。  日ごとに強まる創作意欲とは裏腹に僕の気持ちが今一つ浮かないのは、どんよりした天気のせいでもなければアングルがなかなか決まらないせいでもなかった。  ――やっぱりあいつがいないとフレームの中が空っぽに見えるな。    僕が動画撮影を中断し、とりあえず撮った所までを保存しようと表示を切り替えたその時だった。 「珍しいね新ちゃん。こんなところでロケハン?」  振り返ると、妹の舞彩が見たことのない少年と肩を並べて立っていた。 「うん……まあな。友達かい?」  僕が尋ねると、舞彩は珍しくはにかむようにもじもじし始めた。 「うへへ、付きあってくれって言われちゃった」  僕は少年の困ったような表情と舞彩のまんざらでもない顔を交互に見て、こいつガキのくせにもったいをつけて楽しんでるなとげんなりした。 「返事はちゃんとしたのか?」 「へへへ、まだ」 「……だったら、今日中にちゃんと返事しろよ。でないと家に入れないからな」  僕がきつめの口調で言うと、舞彩は不満げに頬を膨らませた。 「新ちゃんが口を出すことじゃないでしょ」 「簡単だろ。付きあう気が無いなら友達でいましょうって言えばいい」 「……ふうん。杏沙さんにもそう言われたの?」  僕は返す言葉に詰まった。こいつ口だけはうちのクラスの女子並みだ。 「ねえ明人君、うちの兄貴さあ、もう半年も片思いしてるんだよ。自分の映画に出てくれってしつこく口説いてさ」 「映画?」  映画と聞いた途端、少年の目がぱっと輝いたのを僕は見逃さなかった。 「映画好きなの?」 「あ、はい。昔のSF映画とか集めてます」 「へえ、珍しいね」 「母が昔、翻訳の仕事をしてて、うちに古い映画の本とかDVDとかたくさんあるんです」 「ふうん。君もシナリオを書いたりとかは、しないの?」 「あ、あの、学校で撮ったビデオの脚本とかなら……」  少年が僕の問いに遠慮がちに答えると、舞彩が「ちょっと新ちゃんやめてよ。私たち、これからデートなんだから」と少年を僕から引き離そうとした。  舞彩の目線を追った僕は「ははあ、あれか」と納得した。門のところに掲げられた案内には『SF映画と二十世紀美術』という展覧会の内容が記されていた。おそらくあれを見に来たのだろう。 「新ちゃんも、杏沙さんと二人で見に来れたら良かったのにね」  妹のからかいは僕の胸をぐさりと突き刺した。実を言うと舞彩の指摘は図星だったのだ。
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